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別府温泉辞典

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上総掘り

かずさぼり

上総掘りの様子
上総掘りの様子:「地球物理」誌の口絵より

 上総掘りとは、房総半島(千葉県)の中央部を占める上総地方の東京湾岸(君津市・木更津市・袖ヶ浦市一帯)で、江戸時代末期から明治時代中頃にかけて発展した、小口径の掘抜き井戸を掘る方法です。
 別府には、明治12(1879)年に、その原型的な手法が導入され、初めて温泉井戸が掘られました。これを契機に温泉井戸の掘削が進みましたが、別府での掘削が、上総掘りの技術を大いに進展させたと言われています。


 写真は、昭和初期に別府で行われた湯突きやぐらです。先端に鉄製のノミを装着した竹ヒゴを「しゅもく」という頑丈な取手に止め付け、作業員はやぐらの下部に設けてある足場(仕事台)に立ち、数人がかりで「しゅもく」を上げ下げして、突っ突くように穴を穿って行きました。
 「下げる」ときは重力に従えますが、地層に突き刺さった竹ヒゴを、重力に逆らって「上げる」のは大変なことです。ここに、孟宗竹の弾力が活用されました。「やぐら」の天辺で両側に張り出しているのが「天びん」と呼ばれる孟宗竹の棒で、鉄ノミ付きの竹ヒゴと結ばれています。押し下げた「しゅもく」を上げるとき、孟宗竹の反発力を利用しよう、というわけです。「やぐら」の中ほどにある水車のような丸い輪は、中に人が入って回転させ、竹ヒゴを巻き上げる装置です。上総掘りは、人間と孟宗竹の絶妙なコラボレーションと言えるでしょう。
 写真にある両側に張った天びんは別府で工夫されたもので、上総での天びんは片方だけでした。これで反発力が倍増しましたから、ノミなどの掘削用具は、より重量級のものを使えるようになりました。他にも様々な工夫がなされて、硬い地層(岩盤など)も掘削できたと伝えられています。別府の上総掘りは、昭和28年まで存続しました。
井戸の掘削は、各種のボーリングマシンに取って代わられ、上総掘りは消滅したかに見えました。ところが、近年、動力や資材の調達が困難な発展途上国の乾燥地域などで、上総掘りの評価が高まり、使われています。

執筆者由佐悠紀)

参考文献

村下敏夫(1966):水井戸の話 (2)井戸の歴史、地質ニュース、139号、30-40.
安部 巌(1987):別府温泉湯治場大事典、創思社.
外山健一(2012):別府における「上総掘り」について、別府史談、25号、64-67.
段上達雄(2012):別府温泉と上総掘り、文化的景観 別府の湯けむり景観保存計画(別府市)、93-96.