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地球のはなし  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

No.2
「深い別府湾」 深さ4,000m! 

 私の左足はあまり良い状態ではない。右足に比べると、いくらか細くて力が入らない。ほとんどいつも、くるぶしと膝と骨盤の辺り、つまり骨と骨との接合部に痛みを感じ、腰の骨には違和感がある。どうしてこんな具合になったのかというと、高校三年のとき岩から落ちたからである。
 岩登りの練習をしていたら、岩が崩れてバランスを失い、次ぎの瞬間には急斜面を滑っていた。わずかに生えていた丈の低い草を、手当たりしだいに摑んだのだが、岩場のことだから、根が浅くて何の役にも立たなかった。滑って行った先はオーバーハングしていたので、振り向いて飛び降りることになった。かなり高く、十メートルほどもあった。飛び降りるとき、恐怖感はなく冷めていたような気がする。考えていたのは、頭さえ打たなければなんとか助かるのではないかということだけだった。こういう意識があると、落ち方をある程度コントロールできるものらしい。足から地面に着いて倒れ込んだ。下が砂利の緩い斜面だったのが幸いした。ショックをかなり吸収し、分散してくれたのだ。とは言え、体に影響は出る。このとき、左足の方がわずかに早く地面に接触したようで、そのために左足がおかしくなり、その延長にある腰椎が変形してしまったのである。
 それからおよそ三ヶ月間は、全然歩けなかった。歩こうとして体重を左に移したら、麻痺した左足は体重を支えきれず、なんの抵抗もなく転倒した。もうもとには戻らないのではないかと思っていたのに、これも幸運なことに回復した。しかし、完全にもとに戻ることはなかった。それなりのリハビリテーションをしたら良かったのだろうが、それをしなかったせいもある。
 恐怖感というのは、後で押し寄せてくる。あのとき意識的に飛び降りていなかったら…ほんのすこしでも落ち方が狂っていたら…などと思うと、もうあれから三十年も経っているのに、ぞっとする。たぶん、この恐怖感と足腰の痛みとは、一生付き合っていかねばならないのだろう。同時に、どうせ一度は命を失っているのだからという、開き直った気分もないではない。加えて、これは年月が経つにつれてだんだん強くなってきたのだが、羞恥心もある。若気のいたりだったとはいえ、岩登りの基本を無視して、ザイルを使っていなかったのである。
 この事件から得たものは、基本を無視すればろくなことはない、ということ以外には何もない。強いて言えば、落ちることの怖さを身に沁みて覚えたという、めったにない経験をしたことぐらいである。なにごとも経験というが、こんな風にほんとにつまらない馬鹿げた経験もある。
 この落下するというイメージは、子供の頃から何回となく、夢の中に鮮明に現われた。それこそ奈落の底へとでもいうように、自分自身が果てしもなく落ち続けてゆく夢を、おそらくほとんどの人が見たに違いない。というのは、そんな夢は見たことがないと否定した人に、私はこれまで出会ったことがないからである。
 文学者のなかには、意識的かどうかは分からないが、この落下に関したことをしばしば書いた人がいる。その代表的な一人は、夏目漱石だと思うのだが、どうであろう。そう思って読むと、その作品の中には、実に多くの落ちることについての文章がある。たとえば、『坊ちゃん』は二階から飛び降りて腰を抜かし、山城屋の勘太郎は四つ目垣を崩して一段低い地所へ真逆様に落ちた。『二百十日』には、碌さんと圭さんが阿蘇の草原を彷徨い、圭さんは小さな谷底に落ちてしまった。『吾輩は猫である』では、落ちると降りるについて、猫に考察させたりしたあげく、とうとう水甕に落としている。苦沙彌先生にいたっては、第二読本とかにある「ものが落ちるのは、地中に住む引力という名の巨人が呼ぶからだ」という内容の名文・巨人引力を翻訳して、迷亭氏を煙に巻いた。そして、『夢十夜』の第十話では、幾万匹もの豚が底も見えない深い谷に行列して落ちて行くという、不気味でなんとなく性的な夢を、ブラックユーモアの味付けをして描いている。
 巨人引力はともかくとして、落ちるという現象は、地球に備わっている物理的特性・重力の作用によっている。だから、地球に生をうけているものは皆、長い進化の過程を通して、この重力の作用-落下-に対する恐怖心を先天的に持つようになり、それがほんの幼児のときから、あんな不気味な夢となって現われるのかもしれない。
 人類が知力を獲得して以来、この重力とそれがもたらす落下現象には、多くの人々が大きな関心を寄せてきたに違いない。ガリレオ-ニュートン-アインシュタインと続いてきた近代科学のひとつの大きな流れは、まさにこの重力に関してのものであった。
 普通に言う重力とは、ごく簡単には、地球が地球表面にある物体を引っ張る力である。もっとひらたく言えば、ものの重さのことである。私たちは、常日頃バネバカリで重さを計っている。一グラムの重さは、どこで計ろうと一グラムと思っているが(そうは思っていない方には謝ります)、うるさいことを言うと、計る場所によって少しずつ違う。山の上で計ると、少し軽い。どのくらい軽いかというと、三千メートルの高さで0・1パーセントにもならないほど、ごくわずかでしかない。地下に鉄鉱石のような密度の大きい物体があれば、逆にほんの少し重くなる。しかも、それが浅いところにあるほど重くなる。
 こうした性質は実生活ではどうということもないが、うまく利用すれば、地下の様子を探ることができるのである。
 別府湾は、ここを境にして九州が北と南に引き裂かれる運動にともなって、地盤が沈んだためにできた。一番深いところは高崎山の沖で、およそ七十メートルの深さである。したがって沈んだ深さもそのくらいである、と結論するのは早急に過ぎる。なぜなら、その沈んだあとを、大分川や大野川などが運び込んだ土砂が埋めているからで、今の海底よりずっと下の方には、大昔、おそらく五百万年もの昔には地表に現われていた、密度の大きい古い地層が沈んでいる筈なのだ。その深さは、重力の大きさを計ることで推定できるに違いない。
 原理はきわめて簡単である。バネバカリに錘を吊るし、湾の中のいろんな場所に行って、その目盛りを読み、すでにできあがっている理論に基づいて、その値を分析すればよい。しかし、それを現実にあてはめることはむずかしい。重力の違いは、ほんとに小さい。精密な測定の技術が要求される。
 ともかくも計ってみた。その結果は、さわりだけ明かすと、別府湾の底は四千メートルを超えるほどに深いらしいのである。その上に溜まった土砂と水のすべてを取り除いた風景を想像してみよう。海岸からすぐそばに、奈落の如きとてつもなく深い谷が出現する。
 だからといって、いまにも崩れるのではないかと怖がることは、さらさらない。この深い谷は五百万年もの長い年月を掛けてできたのである。自然は穏やかなのだ。あっという間に山を削り谷を埋める人間の行動の方が、比べものにならないほど激しくて怖い。

  - 月刊アドバンス大分 1990年7月 -


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