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地球のはなし  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

No.53
中国の塩湖・水・地熱見聞記Ⅳ
青海湖訪問

 「車轔轔 馬蕭蕭」で始まる杜甫の傑作「兵車行」は、読むたびに私の心を揺り動かす。その終りの四行
 君不見青海頭 古来白骨無人収 新鬼煩冤旧鬼哭 天陰雨湿声啾啾
 を通して、私は初めて青海を知った。その青海に行くことができる。
 ついこの間まで、青海省は外国人に対して、半ば門を閉ざした状態であった。「門戸が開かれたら、あなた達を最初に招待してあげよう」という三年前の約束を、中国国家海洋局と南極考察委員会が果たして下さるのである。自然のままの姿を残す中国最大の塩湖を見ることができる、というのもさることながら、長年のあこがれの地に行けることに胸がときめく。
 昨年(1984年)9月28日、三年振りに見る北京の街は、数日後に控えた国慶節のためもあってか、美しく整備され、益々活気に満ちている。以前と比べて、車は増え、交通信号もあちこちに立てられている(1981年当時、北京の交通通号は1ヵ所だけ、と聞いた)。相変わらずの雑踏だが、なんとなく静かな気がするのは、車がやたらとクラクションを鳴らさなくなっているからであった。人々の服装もずいぶん変化したようで、とくに背広姿の男性が目につく。
 北京に一泊し、翌29日蘭州に飛ぶ。窓から見おろす風景から次第に緑色が消えて、茶色っぽくなったと思ったら、蘭州空港に着いた。約2時間の飛行時間である。蘭州市街は、空港から車で1時間半ほどの所にある。人口200万(2010年頃には360万)、甘粛省の省都で、黄河に沿って細長く延びる工業都市である。標高はすでに1,500mとかなり高い。西方の青海高原から流れてきた黄河は、この辺りで向きを転じて北上する。
 郊外には塩が白っぽく析出している所もあって、風景は完全に乾燥地帯のものである。それでも道路沿いにはポプラなどの木が植えられ、大きく成長している。広々と開けた谷の中央部には、深く垂直にえぐられた荒々しい溝が延々と続いている。時には、豪雨があるのであろう。
 蘭州が今のような大都市に発展したのは、解放後のことらしいが、もともとは金城と呼ばれた歴史の古い町である。「百聞は一見に如かず」の成句は、この地と縁があるのだそうである。近年、観光客の数が増えているようで、外国人のための新しいホテルも建てられていた。廊下の掃除をしながら、若い男女の従業員が小声で歌の練習をしている。「北国の春」であった。大人気らしい。カウンターに詰めている女の子の中には、かなり上手に日本語を話す人も居り、英語で話しかけたら、「日本語でどうぞ」と言われてびっくりした。
 蘭州にはいくつかの研究所があり、そのうちのひとつ、蘭州氷河凍土研究所が私達の世話をしてくれる。国慶節前日の日曜日というのに、主だった人達がわざわざ出て来られて、いろいろと説明して下さる。基礎研究のほか、氷河を水資源として利用するなど、応用研究にも力を注いでいるようであった。
 青海湖(チベット語は、ココノール)に行くには、列車でさらに5時間余り内陸にある、青海省の省都・西寧に行かねばならない。いろいろな情報を教えてもらったが、ここで初めて、中国科学院に属する塩湖研究所が西寧にあることを知った。
 青海省は中国の中では人口の少ない所で、300万人程度である(2010年頃は560万人)。そのうち、50万人が西寧に集まっている(2010年頃は220万人)。高原の省であり、西寧の標高は2,300mである。
 9月30日夜9時前、西寧に到着するや、待ち構えていた塩湖研の人達とスケジュールを打合わせることになったが、私達は青海湖と言い、先方は青海塩湖と言うことから始まって、話がかみ合わない部分がある。変だなと思っていたら、塩湖の定義が違っていたのであった。 中国における塩湖とは、塩分濃度が50g/L以上のものを指す。つまり、製塩の対象となるものだけをそう呼ぶのである。青海湖は塩分濃度が低いので、たんに「塩分を含む湖」としか表現しない。とは言え、その塩分濃度は12g/Lを超えているのだが。
 私達は「塩湖である青海湖に行きたい」と希望を出していた。ところが、塩湖という言葉が付いていたばかりに、中国側は青海省のツァイダム盆地にある塩湖群のことと理解して、そこに案内しますと言う。
 大変ですよ、往復2,000kmにもなります。道は遠いし、ランドクルーザーかジープでなければ、とても行けません。与えられた時間は三日間しかありませんから、かなりの強行軍になることを覚悟して下さい。青海湖のそばを通りますが、そこではほんの少ししか時間は割けません。現地には製塩工場と化学工場があるだけで、ほかに施設は何もありません。外国人はまだ行ったことが無いから、あなた達が最初の訪問者になるだろう、と言われる。
 大いに興味をそそられたものの、本来の目的は青海湖視察であるし、いかにも強行軍に思えたものだから、奥地行は諦めた。しかし、後になって、チャンスは逃がすものではないと、臍を噛むことになる。
 10月2日朝8時、西寧の町を出て西へ向かう。およそ30分も走ると、急峻な山あいにさしかかる。青海湖に行くには、この山道を登り、日月山の峠を越えなければならない。古来、この道は、青海高原を経てチベットに至る主要なルートのひとつであった。
 蜀の桟道ほどではないにしても、昔はかなりつらい道であったに違いない。ところが現在は、二車線ほどの立派に舗装された道路が通じていて、乗用車・上海とランドクーザ―は快適に登って行く。やがて、やや開けた高原に出る。3,200mを超える高さなのに、道の両側には、すでに収穫を終えた麦らしい切株の残る畑が続く。
 羊の群れを連れた牧童、ロバに荷車を引かせる農夫、トラックに鈴なりに乗り込んだ人々、バス、どこから現れたのか手を挙げて便乗しようとする娘さん、家族連れらしい5・6人…10月ともなると、気温は2~3℃といささか寒いのに、けっこう賑やかである。
 そのうち行き交う人の姿も途絶え、道路沿いの電柱(延々と電柱が続くのには、ほんとに驚いてしまう)のほかには、丈の低い枯草がまばらに残る荒涼とした丘陵の中を走り続けると、谷底から霧を含んだ寒風が吹きあげて、あたりが白っぽくなってゆく。霧氷である。電線にも真白に霧氷が付着している。
 急な斜面を切り開いた道を曲がると、小高い山頂に亭が見え、その麓に日月山と書いた石碑が立っていた。西寧の町から約2時間。私達は、飛行機・列車・車と乗り継いでやってきたが、兵車行にうたわれた兵士達は、遠く西安あたりから歩きづめに歩いて、黄河を渡り、急な山道を登り、この3,400m余の峠を越えて、青海のほとりに白骨をさらしたのである。
 ここまで来ると、あとはやや下り坂の平坦な道となる。さらに30分ほど行くと、視界が開け、広々とした黄金色の高原の向こうに、地平線が淡青色に輝きはじめた。
 平原の北と南を境する山並みは、なだらかな扇状地の裾を引きながら、遠く霞の中に姿を消す。あとには、明るい水色の青海湖だけが、はるかかなたまで続いている。兵車行から受ける青海のイメージは、暗く陰鬱で、寂寥感ただよう寒々としたものであった。しかし、やわらかい陽の光につつまれた現実の青海は、ただ穏やかで優しくおおらかである。広大な平原には、ヤクや羊の群を追う騎馬の牧童が一人・二人と見えかくれする。これほどまでに優美な平原で激戦が行われたのかと思うと、かえってやりきれない。
 思い入れが過ぎたようだ。青海湖のことを少し紹介しよう。
 辺境の地とは言っても、青海湖はすでに漢代に西海の名で知られていた。東西106km、南北63km、湖水面積4,430㎢、平均水深20m、最深40m(1980年頃のデータである)。琵琶湖の6倍強もの面積を持つ巨大な湖である。第四紀(およそ260万年以降の時代)に入ってから一帯が陥没してできた陥没湖で、当時は黄河の源流であったが、その後東部が隆起して閉塞湖になったと言われる。
 湖水面の高さは3,200m。高地にあるため水温は低く、夏季で7~8℃、冬季には零下2~3℃にまで低下する。11月下旬から1月までは完全に結氷し、その厚さは60cmにもなるので、小型の車ならかなり沖まで出ることができる。
 かつて中国科学院のチームが基礎調査を行い、立派な報告書が出版されているが、この20年足らずの間に。湖水位が2m以上も低下した。また、大小の川から流入する土砂の量も多い。湖の縮小と気候変動の関係、堆積過程、塩の起源、さらには湖水の循環など、研究テーマは多い。
 青海湖には四つの島があると、ものの本には書いてある。しかし、近年の水位低下にともなって、もう一つの島が出現した。それらの島々は、夏季に南方から飛来する渡り鳥の繁殖地となる。青海湖は鳥の繁殖地として名高く、これから観光地として大いに売り出す構えのようであった。湖を一周する道路はまだ無いが、船をチャーターすれば、湖めぐりをすることができる。
 水温は低く、塩分濃度は高いけれども、魚が棲んでいる。湟魚(こうぎょ)という、鱗の無い黄色い魚が特産である。成魚は60cm~1m、17~8kgにもなり、北京や上海に出荷して珍重されている。しかし、成長速度は極端に遅く、500g太るのに10年も掛るのだそうだ。それほどの珍魚を、昼食に馳走してもらった。食物の味を文章で表現できるわけが無い(と信じている)ので、くせが無く、なかなか美味であったとだけ記しておこう。
 急弯注意、一慢二看、減速慢行、集中精力安全行車、事故前方多発地点。青海高原から下って町が近くなると、このような交通標識があちこちにある。ここでも車が急増しているらしい。生活環境の変化に人間はどうにか対応できても、哀れなのは動物である。犬の轢死体が目についた。


蘭州から西寧へ:堆積岩の山(1984年9月撮影)


西寧から青海高原への道;標高3200m(1984年10月撮影)


日月山;標高3452m(1984年10月撮影)


青海高原(1984年10月撮影)


青海湖;湖面標高3200m(1984年10月撮影)


観光船(1984年10月撮影)

ー地熱エネルギー、10巻4号(通巻32号)、1985)に掲載ー



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