2022.5.26
No.72「寒い国」
ブッシュ大統領が、超大国ソビエトの脅威はなくなったとして、ミサイル類の生産中止を宣言し、エリツィン大統領が軍縮を提案したのは、もうずいぶん以前のことのような気がするのだが、このニュースは1月29日に京都のホテルで見たのだから、ついこの間のことである。
その2日後、東京で、大雪の降りはじめに出くわした。翌2月1日、大雪による混乱のために、東京駅でおよそ3時間も寝台特急・富士の発車を待った。2日の明け方、岡山駅で、東京で震度5の地震があったことを聞いた。別府に帰ってからも、なんだかんだとあった。人の世も自然界も、めまぐるしく動く。
こんなことを書くつもりではなかった。1月29日のニュースを見て、ジョン・ル・カレの小説『寒い国から帰ってきたスパイ』を思い出したことを書こうとしたのだ。
20年以上も前、ベルリンの壁を舞台にしたこのベストセラーを、のめり込むように読んだ。リチャード・バートン主演の映画も見た。南極の小さな基地では、スコットランドからの男がトイレにまで持ち込んで読んでいた。ごく最近まで、東西冷戦に伴うスパイ合戦は、小説のままではないにしても現実のことだと、世界中の多くの人が信じていたと思う。
しかし、こうして情勢が変化すると、ああした世界は、東西冷戦の構造も含めて、存在しなかったのではないだろうか、という気がしてくる。記憶の風化の速度は、あまりにも迅速にすぎる。
(注)ブッシュ大統領は父の方。基地はバンダ基地。
ー1992.2大分合同新聞 別府版ー
★温泉マイスターnoteにも掲載しています
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