2023.1.26
No.81「つらい写真」
大分合同新聞で要旨が紹介されたように、この間、大分大学で「21世紀の南極」という講演が行われた。講師は、ニュージーランド南極局長を長年つとめられたトムソン博士である。1970年に私がはじめてニュージーランドの南極調査隊に参加させてもらったとき、すでに若き局長さんだった。以来、お世話になりっぱなしである。
久し振りにお会いして、思い出話を楽しんでいるうちに、今年の悲しい事件を聞いた。ヘリコプターが風にあおられて氷河に激突し、2人が死んだ。その1人はガース・バーコーだと。耳を疑ったが、間違いない。
1979年の南極の夏、私たち日本人2人は、2週間の野外調査に出た。そのとき行動を共にしてくれた、忘れられない人の名前だったのだ。2週間も顔をつき合わせていると、不自由ながらも、家族のことまで話し合うようになる。自分の爺さんは国会議員だったというので、私がちょっとびっくりした顔をしたのだろう。昔の話さと、照れくさそうにした表情が目に浮かんでくる。
もう1人の日本人は、弘前大学の中谷 周さんである。1988年の中国・青海湖の調査も一緒にした。これからも付き合ってもらえるものと思っていたのに、この8月、研究室で倒れて帰らぬ人となった。手元に、マッチ箱みたいな非難小屋の前に、中谷さんとガースがならんで立っている写真がある。79.11.14と日付がある。
ー1992.12 大分合同新聞 別府版ー
★温泉マイスターnoteにも掲載しています
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