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HOME>アーカイブ:講演会・発表会資料>松田 繁 著『別府、浜脇町鉱泉に関する取調書類』
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鉱山監督官 松田 繁
大分県速見郡の地は、各所に温泉湧出に富み、郡の中央以東別府湾に面する地方にありては、別府浜脇地方を初め、朝見、乙原、観海寺、堀田、明礬、鉄輪、亀川、芝石、内竈等の地方に湧出し、且つ、所々に俗に地獄と称し硫気若しくは熱湯を吐出する噴孔に富む。郡の中央以西即ち速見郡の裏手に当たりては、硫黄山の西に塚原の温泉あり、由布院に川上、川北、川南等の温泉ありて、塚原の直上には硫気噴孔を有す。此等の温泉並に噴孔は皆四近に於ける旧火山の余勢に外ならざるものなれば、此等の温泉を研究せんと欲せば、先ず、四近火山の位置及其活動の状況等を詳かにせざるべからず。依て茲に之を概説する所以なり。説明の便宜上、本文を分ちて、(一)地質、(二)火山、(三)爆発火口、(四)瓦斯噴孔、及(五)温泉の五項目とす。
別府四近の地を構成する地質は殆んど全部火成岩に属し、僅かに別府湾に瀕する内竈地方と浜脇地方との両所に一部の沖積層を存するに過ぎず。而して火成岩には、岩質上より区分すれば、輝石安山岩と角閃石安山岩との二種ありて、岩体上より区分すれば、堅実熔岩、集塊熔岩、集塊質泥流の三種より成る。
四近に於ける各火山の位置は、第一図に示すが如く、甚だ複雑を極むと雖も、之を大別するときは、(1)雛戸山、立石山、及水口山等を火口壁とせる一大火山(其拡域、速見郡中の過半を占むるを以て、仮に之を速見火山と名づく)(2)男鹿火山(3)高崎火山並びに(4)速見火山の火口内若しくは其側壁に噴出したる新火山群の四となすを得べし。
速見火山は、此地方に於ける最古の噴出に係る大火山にして、其火口壁は新規噴出に係る鶴見山及由布嶽の両火山の為に一部隠蔽せらるる所あれども、北は松塚、雛戸山及立石山、南は小岳水口山等となりて現れ、其内側は孰れも急斜し、湾形となり、噴火口は東西約一里半南北約二里半余の楕円形を呈し、長者原及塚原地方の平野を包含す。火山噴出物は角閃石安山岩の集塊質泥流より成りて、四近の火山中其分布最も広く、火山の四周は何れも広漠たる急斜の原野となれり。石垣村字東山及字片山等の地方に於ける郷の原、キジマ原、並びに別府四近に於ける原野は皆同火山の裾野なりとす。
速見火山に次ぎて噴出したるものは、其東南に於ける男鹿の火山にして、其噴出岩に二種あり。一つは角閃石安山岩に属する集塊熔岩より成り、一つは輝石安山岩に属する堅実熔岩より成る。前者に属する集塊熔岩は男鹿山より鬼ヶ東山に亘る楕円形の噴火口より噴出したる熔岩に属し、熔岩の分布は西北に狭くして重に東南に拡布せり。次に後者の堅実熔岩は上記噴火口の北方に偏して噴出し、中央に四坂の池と称する火口湖を有し、之を囲繞せる古屋敷及其連山を火口とせるものより噴出したる熔岩に属す。尚又、鬼ヶ東山の南方に当り、稍小さき噴火口あり。同じく輝石安山岩の堅実熔岩より成る。斯くの如く、男鹿火山は複火山に属し、最初の噴火口は北方に於いて其火口壁及火口の一部を後の噴出岩に依り隠蔽せらるれども、其南方の部分は整然として、弓形の火口壁を呈し、火口内は稍平坦となりて東南方に小さき沼を存す。
男鹿火山の噴出以後、其東南に又々噴出せる一個の火山あり。之を高崎山又は四極山と云う。此火山は以上速見及男鹿両火山に於けるが如く頂上に噴火口を有せざる一種の塊状火山に属し、火山体は角閃石安山岩に属する堅実熔岩より成りて、男鹿火山の集塊熔岩を被蔽せり。
以上の三火山は此地方に於ける旧規の火山にして、新規噴出に係るものは速見火山の側面又は其火口内に於いて噴起したる数個の新火山群、之に属す。此火山群中速見火山の側面に噴起したるものは、鶴見山、硫黄山、弓田山、高の平山、及び実宗寺山の五火山にして、
1.鶴見火山は群中最も広域を占め、噴出の起点は速見火山の東方火口壁附近より起り、噴火口は其の後に起こりたる数多の爆発の為め所々に火口壁を破壊せられたる所多しと雖も、略ぼ鶴見山及び其北方に巍立せる連山並びに扇山の諸峰を結合する曲線は、其当時の噴火口に該当するものなるべく、噴出物は角閃石安山岩の集塊熔岩より成り、其四周に均一の溢流を為し、北方鷲岩、明礬、鍋山附近、並びに南方南立石方面を除くの外は、整然たる円錐体を形成するを認む。
2.硫黄山は鶴見火山の北側に於ける寄生火山と見做し得べきものにして、熔岩は堅実角閃石安山岩に属し、重に北方に溢流して、稍完全なる円錐形を呈せリ。
3.弓田火山は明礬、鉄輪、芝石、内竈地方に拡布せる角閃石安山岩の集塊熔岩を溢流せしめたるものにして、熔岩の比較的泥質を帯ぶるよりして、削剥作用に働かれたること甚だしく、僅かに破損せる火口の遺跡を弓田山方面に目撃するを得るのみ。
4.高の平山は、弓田火山噴出の後、其西方火口壁附近よりして噴起したるものにして、堅実の輝石安山岩より成り、其東側欠潰して僅かに西方の一部のみを存す。
5.実宗寺山は、以上の諸火山と孤立し、速見火山の東方裾野中に於ける一の寄生火山にして、堅実質角閃石安山岩より成り、山頂は甚だしく削磨せられて、僅かに東西側に火口壁の残留と覚しき跡を認め得らるるのみ。
次に、速見火山の火口内に噴出したる火山は「ジャナガツル」硫黄木山、皿山、日向嶽、及び由布嶽の五火山にして、「シャナガツル」硫黄木山、皿山、日向嶽の四火山は比較的旧規の噴出に係り、略ぼ北北西より南南東の方向に於いて一直線上に配列し、其の後に噴起したる由布火山の為に、硫黄木山以南の三火山は一部隠蔽せらるる所となりたり。由布嶽は此近傍に於ける最高峰にして、完全なる円錐体を形成し、地方に豊後冨士の名あり。山頂に噴火口を有し、小さき火口湖を存す。之を池代と云う。其熔岩は輝石安山岩に属する集塊熔岩より成れり。
火山の活動は以上の火山噴出時代よりして漸次爆発時代に移れり。而して、火山爆発は此地方に於ける新規火山たる鶴見山、硫黄山、弓田山等の火山若しくは其側方に起りたるもの多く、所々に爆発の跡を目撃するを得べし。即ち、鶴見火山に於いては、火口内に三個の爆発火口を存し、其側面に於いては、鶴見山の西に一箇所、鷲岩附近に一箇所、鍋山に二ヶ所の爆発火口を存し、硫黄山に於いては、其西南、塚原温泉に面し、側面に二箇の爆発火口を存し、弓田山にては、明礬地方に二箇の爆発火口を見る。其他、男鹿火山の裾に於いて、南立石の南方に一箇の爆発跡ありて、其附近の岩石は、硫気の為に分解せられ、白色を呈せリ。此等の爆発跡の多くは擂鉢状を呈し、其附近に巨大の岩塊の累積するを見る。別府四近、殊に石垣、朝日両村地内の原野に巨岩の点々として存するものは、鶴見火山の爆発に際し、飛散したるものならん。
現時各火山は爆発時代を経過し、僅かに其活動の余勢として、瓦斯噴孔並びに温泉を所々に湧出す。瓦斯噴孔は此地方に地獄と称し、所々に噴気しつつありて、凡そ其噴出する瓦斯体の性質に依り、数種あり。而して、此等の種類は漸次相変遷し来るものにして、其初期には主として亜硫酸瓦斯若しくは硫化水素瓦斯を吐出す。斯く如きを総称して硫気噴孔と称し、其中にても亜硫酸瓦斯を吐くものは、硫化水素を発生するものよりも比較的初期のものに属す。次に、其硫質減少するに従いて、次第に水蒸気を増加し、終りには、全く水蒸気のみを発するに至る。之を水蒸気噴孔と称す。其晩年に及びては、水蒸気も亦衰え、単に炭酸瓦斯のみを吐出するに至る。之を炭酸瓦斯噴孔と云う。別府四近に於ける噴気孔は硫気噴孔及水蒸気噴孔の両種に属し、亜硫酸瓦斯を発生する硫気噴孔は塚原温泉並びに鍋山の両噴孔之に属し、両所共に旧爆発火孔内に存し、硫黄を採掘せらる。硫化水素を発生する硫気噴孔は域内各所に存し、弓田山方面にては、明礬に二ヶ所、古屋敷、谷、藤ヶ代、ノ地に各一ヶ所あり。弓田山の南方、鉄輪及鶴見地方にありては、海地獄、坊主地獄、附近にニ三ヶ所あり。又、新湯及「ユマイ」の地に各一ヶ所あり。南に至り、石垣、別府の町内に入るときは、堀田の湯より西方に当たる山中に「エゲ地獄」あり。観海寺上の田湯附近に二ヶ所あり。此等の硫化水素を吐出するものの中、其瓦斯の稍濃厚なるものは、明礬、藤ヶ代、古屋敷、及谷地方のものにして、此地方は湯の花及明礬製造に従事せリ。其他にありては、水蒸気の量を増加し、水蒸気噴孔に稍近き性質を帯べり。水蒸気噴孔は主として鉄輪地方に多く、此部落内は至る所水蒸気を吐出し、俗に地獄原と称し、家毎に噴出の蒸気を利用して、煮沸の用に供せる程なり。又、此地方には、水蒸気噴孔の一種にして、噴孔中より絶えず熱湯を沸湧するものあり。其偉大なるものを、血の池地獄、坊主地獄、海地獄という。中にも、坊主地獄は、泥土を混ぜる熱湯を沸騰すること常に尺余に及び、雨中の如きは、更に猛勢を呈し、海地獄は、熱湯を湛ゆる噴孔の深さ、測るべからず。其色深緑にして、蒼海に類似するを以て、其名を有し、血の池地獄は熱湯中に旧時其附近の岩石を腐蝕して形成したる水酸化鉄を含有するを以て、其色紅を帯び、従て此名称あり。其他此種の熱湯を湧出しつつある所は、鉄輪及明礬地方に多くして、他には芝石地方に一ヶ所、南立石に一ヶ所(権助地獄)あり。又、海地獄付近には、弓田山の山麓に沿い、数箇所に旧時の噴気孔の遺跡を存す。
以上概説したる噴火口、爆発火口、及瓦斯噴孔の位置を通覧するに、第一図に示すが如く、其多くは主として数条の直線上に羅列し、多くの温泉は、此直線上に於いて重に湧出するの事実を思考し得べし。余は、此直線を温泉脈の方向と信ず。即ち、当域内には、略ぼ西々北より東々南に走れる五条の温泉脈と、西南より東北に走れる二条の温泉脈との七条あるが如く、以下に詳記するが如し。
【1】 | 鶴見火山及其西北に位する「ジャナガヅル」火山の両中心点を結合する一線を画せよ。此直線上には鶴見火山中に於ける一つの爆発火口並びに「エゲ地獄」「権助地獄」の両瓦斯噴孔を存し、堀田の湯を始め、九日田の湯、畦無しの湯、不老泉、楠湯、霊潮泉、其他別府流川筋に於ける数多の温泉、皆此方向に羅列す。之を別府温泉脈と名づく。 |
【2】 | 観海寺上の田湯の西方に於ける瓦斯噴孔を基点とし、前条の直線に平行せる直線を画けよ。此直線上には、其西に一つの爆発火口を存し、上の田湯、観海寺、乙原長湯庵、朝見の湯並びに浜脇の温泉等、皆此方向に湧出す。之を浜脇温泉脈と名づく。 |
【3】 | 塚原温泉の東北に当れる爆発火口と実宗寺山とを結合する直線を想像せよ。鷲岩並びに鍋山附近の爆発火口及硫気噴孔を始め、塚原新湯「ユマイ」等の温泉、略ぼ此直線上に横たわるを見る。之を塚原温泉脈と名づく。 |
【4】 | 硫黄山と海地獄とを結合する直線を画せよ。明礬附近に於ける二個の爆発火口を始め、数多の瓦斯噴孔、並びに明礬、鉄輪の温泉等、此線上に羅列す。之を鉄輪温泉脈と名づく。 |
【5】 | 高の平山及弓田山両火山の噴出点を結合する直線を想像せんか。此直線上には、谷地方並びに血の池地獄等の瓦斯噴孔を始め、芝石、亀川の温泉を噴出す。之を亀川温泉脈と名づく。 |
【6】 | 鶴見火山、皿山、由布嶽、及弓田山を結合する線は、略ぼ一直線を為し、此線上には鶴見火山火口附近、鍋山、明礬等に於ける数個の爆発火口、硫気噴孔を始め、明礬の温泉を羅列し、此直線を西南に延長するときは、由布院に於ける川上、川南の両温泉地に至るが如し。之を由布温泉脈と名づく。 |
【7】 | 坊主地獄、海地獄、及血の池地獄の三点を結合する線は略ぼ一直線を為し、此直線に沿い、所々に瓦斯噴孔の噴出あり。之を海地獄温泉脈と名づく。 |
斯くの如く、当地方の温泉は、火山の四周に於ける弱線を撰󠄀み、岩中の裂罅よりして湧出するものにして、温泉脈中火山の噴火口、爆発火口、若しくは瓦斯噴孔に近く湧出するものは、泉質硫黄泉に属し、稍之を遠ざかるに従い、炭酸泉となり、海岸に湧出するものは塩分を含有し、泉質炭酸性食塩泉若しくは食塩泉に属す。以下に表示するが如し(泉質は、大分県案内に拠る。)
温泉脈 | 泉名 | 泉質 |
別府温泉脈 | 堀田の湯 | 単純硫黄泉 |
仝 | 九日田、畦無し、其他別府温泉 | 炭酸泉 |
浜脇温泉脈 | 上の田湯 | 単純硫黄泉 |
仝 | 観海寺温泉 | 炭酸泉 |
塚原温泉脈 | 塚原温泉 | 硫黄泉 |
仝 | 新湯 | 仝上 |
鉄輪温泉脈 | 明礬温泉 | 仝上 |
仝 | 鉄輪 渋の湯 新湯 | 塩類性硫黄泉 |
仝 | 鉄輪 熱の湯 | 炭酸泉 |
亀川温泉脈 | 柴石の湯 | 含鉄炭酸泉 |
仝 | 亀川温泉 | 食塩泉 |
別府地域の地質図 原図は模造紙大で、「約3万7千分の1」の縮率で描かれています。 |