大分県の温泉(1)
大分県温泉調査研究会会長
別府温泉地球博物館理事長
由 佐 悠 紀
1.はじめに-温泉の定義-
温かい水が湧き出す泉に「温泉」という述語を与えたのは、中国・後漢の文人にして自然科学者である張衡(78~139)であったとされる。火山活動が活発なわが国では、それ以前から温泉が知られていたに違いないが、「古事記」・「日本書紀」・「風土記」などが編さんされたとき、外来の漢字を得て、ようやく温泉が記録に残された。
八世紀前半に成立した大分県の古記録「豊後国風土記」では、日田郡・直入郡・大分郡・速見郡の項に温泉が登場する。ただし、「温泉」という言葉は用いられておらず、「温之泉」「温湯」「湯河」「湯泉」「湯井」などが当てられている(沖森・佐藤・矢嶋,2008)。
一口に温泉と言っても、その温度はさまざまである。江戸末期には、わが国に近代的科学を取り入れた先駆者の一人である宇田川榕菴(1798~1845)が、泉の種類を温度の高い方から順に「熱泉・温泉・暖泉・冷泉・寒泉」の5段階に分類した。これは温泉の定義とも言えるが、感覚的なものであって、温泉の利用が広がり、また、研究の対象になると、より具体的な定義が必要となった。
宇田川榕菴 胸像(岡山県津山市洋学資料館前庭) |
自然湧出の温泉に対する、代表的な自然科学的定義は「その土地の普通の地下水の温度(年平均気温より1~4℃高い)より高温の水が地中から地表に出て来る現象」であろう(湯原・瀬野,1969)。すなわち、太陽エネルギーに加えて、地球内部からの熱によって加熱されているとする定義であり、温度の下限は場所によって異なる。
この定義は、自然科学的な合理性があるが、利用という立場からは不便である。そこで、多くの国において、実用性を重視した人為的な定義がなされている。わが国では、湧出口での温度が25℃以上のものを温泉とし、昭和23年7月10日施行の温泉法第二条によって、確定された。このとき、低温ではあるが医療効果があるとされる鉱泉については、基準以上の物質を含有するものを、温泉と認定することにした。その抜粋を下に掲げる。
【温泉法第二条(抜粋)】
第二条 |
この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。 |
2 |
この法律で「温泉源」とは、未だ採取されない温泉をいう。 |
別表
1. |
温度(温泉源から採取されるときの温度とする。) |
摂氏25度以上 |
2. |
物質(下記に掲げるもののうち、いずれか一) |
含有量(1キログラム中) |
|
溶存物質(ガス性のものを除く。) |
総量1000ミリグラム以上 |
|
遊離炭酸(CO2) |
250ミリグラム以上 (以下 略) |
この定義の下限の温度(25℃)は、寒冷地に厳しく、温暖地に甘いことになる。このようなこともあって、法律上は温泉と認定されなくても、自然科学的には温泉とみなされるものを、福富(1952)は「微温泉」と呼び、その下限温度を「その土地の年平均気温+7℃」とした。この「+7℃」は、一般的な地温勾配が約3℃/100mであること、また、温泉井の深度を100mと想定し、前述の4℃に3℃を加えたものである。
2.大分県の温泉分布・源泉数・温度などの概要
図1は、自然の状態がかなり残っていた、1970年における大分県の温泉地の分布である。図中の●は別表の〔1〕によって認定された、温度が25℃以上の温泉である。他方、●は、温度は25℃に達しないが、別表の〔2〕によって温泉と認定されたもので、一般に冷鉱泉と呼ばれている。
温度の高い温泉は、ほとんどが別府から九重に至る県の中央部に集中している。この地域は地質学的に新しい火山地帯であり、温泉の熱源は、地下のマグマと考えられている。このような温泉を「火山性温泉」という。
それに対し、冷鉱泉は、県の北部や南部に分布するが、その数は少ない。南部は古い堆積岩の地層であり、北部は古い火山地域であるため、温度が低いのである。ただし、近年は、深い掘削によって、これらの地域でも「温泉」が得られている。そのような温泉は「非火山性温泉」と呼ばれる。これについては、後述する。
図1 1970年における大分県の温泉分布(「大分県鉱泉誌 1970」による)
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表1 大分県の温泉の概要
|
1970年3月末 |
2008年3月末 |
全国(2008年) |
源泉総数 |
3,207 |
4,789 |
28,090 |
利用源泉数
(自噴)
(動力) |
3,121
(1,494)
(1,627) |
4,334
(1,106)
(3,228) |
19,205
(5,097)
(14,108) |
温度別源泉数(総数)
25℃未満
25℃以上42℃未満
42℃以上
ガス・水蒸気 |
(3,167)
29
146
2,539
453 |
(4,789)
97
516
3,680
496 |
(25,343)
4,098
6,803
13,274
1,168 |
ゆう出量(リットル/分)
(自噴)
(動力) |
114,562 |
315,056
(155,978)
(159,078) |
2,799,418
(821,438)
(1,977,980) |
表1は、1970(昭和45)年における大分県の温泉の概要である(大分県厚生部,1970)。また、現状との比較のため、2008(平成20)年の大分県および全国の概要(環境庁の資料による)を併記した。大分県では、このおよそ40年間に各地で温泉開発が進み、源泉総数は約50%、利用源泉数は約40%、それぞれ増加した。これにより、大分県の市町村のうち、温泉が無いのは豊後大野市だけとなった。対全国比では、源泉総数が17%と大きな割合を占めている。また、利用源泉数が22.6%と大きいのは、効率良く利用されていることを示している。
表中の「自噴」とは、自然湧出の温泉(古来からのものであるが、その数は少ない)、または、掘削された井戸から自力で湧出する温泉である。他方、「動力」とは、掘削された井戸から、何らかの動力装置(ポンプ)を用いて汲みだす(採取する)ものである。本来の温泉のイメージから外れるが、現実を重視して「温泉」と認定されている。また、表の最下欄では、自噴による湧出量と動力による採取量を、一括して「ゆう出量」としてある。しかし、この言葉は「温泉はいくらでも湧き出す」という誤解を生み出しているようで、不適切のように思われる。本文では「採取量」を用いることにする。
大分県における動力装置は、コンプレッサーを用いたエアリフトが主流であるが、近年は水中ポンプも使われるようになった。
注目されるのは、動力泉の数は倍増したのに対し、自噴泉の数は減少したことである。このことは、地下の温泉水圧が全体的に低下していること、言い換えれば、温泉資源の劣化が進んでいることを意味している。資源保護については、後述する。
大分県の温泉の特徴は温度が高いことであるが、このことは「温度別源泉数」に明瞭に現われている。表中の「ガス・水蒸気」とは、具体的には湯けむりを上げている、特に高温の温泉である。これには2種類あり、高温の蒸気が噴出するものを「噴気」、熱水が沸騰しながら噴出するものを「沸騰泉」と呼んでいる。また、42℃以上の温泉は高温泉と呼ばれるが、噴気・沸騰泉を含めた数は、1970年が2,992孔、2008年が4,176孔と、この統計に用いられた源泉数の、それぞれ94.5%および87.2%を占めている。大分県を除く全国の平均は50%(2008年)であるから、大分県の温泉が高温なことは際立っていると言える。
さて、先述したように、2008年における大分県の利用源泉数は全国総数の22.6%を占めている。これに対し、自噴・動力の合計採取量は、半分の11.3%である。すなわち、大分県の1源泉からの採取量は、かなり小さい。その内容を詳しく見るため、自噴泉と動力泉それぞれの1源泉当りの採取量を、表2に比較して示した。全国の値は、大分県を除外したものである。自噴泉・動力泉のいずれも全国平均より小さいが、とくに動力泉は1/3にも満たない。これは、大分県における温泉利用のあり方の特徴と言えるであろう。
大分県においては、源泉の数は抜群に多いが、個々の源泉は小規模なのである。これには、個人所有の自家用源泉が多いこと、別府温泉や由布院温泉などの大温泉地で、温泉資源保護のための強い規制がなされていることが大きく与っているものと思われる。
表2 大分県と全国の1源泉当りの採取量の比較(単位:リットル/分)
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大分県 |
全国(大分県を除く) |
自噴泉 |
141 |
168 |
動力泉 |
49 |
167 |
- 大分県厚生部(1970):「大分県鉱泉誌 1970」.
- 沖森卓也・佐藤 信・矢嶋 泉(2008):「豊後国風土記・肥前国風土記」,山川出版社.
- 福富孝治(1952):微温泉と冷泉との境界温度について,北大地球物理研究報告,2号.
- 湯原浩三・瀬野錦蔵(1969):「温泉学」,地人書館.
「大分県環境保全協会会報EPO 平成22年新年号(2010)」より
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