大分県の温泉(8)
大分県温泉調査研究会会長
別府温泉地球博物館理事長
由 佐 悠 紀
6.なぜ大分県には温泉が多いのか
本シリーズの第5章「温泉の生成メカニズム」では、温泉の生成に関する3つの条件、すなわち(1)熱源の存在、(2)水源の存在、および(3)水(流体)の通路の存在を挙げ、大分県の中部地域は、それらが高度に備わった地域であることを述べた。しかし、日本列島における位置づけ(他地域との比較)については十分に示していなかったので、今回は、このことを見ることにしたい。
6-1.熱源-火山分布とキュリー点深度-
【火山分布との関係】
およそ260万年前から現在までの時代を地質学的には「第四紀」と呼び、この時代に活動した火山を「第四紀火山」と総称する。理科年表(国立天文台編;丸善発行)に掲げられている「日本のおもな火山」がこれに当り、平成25年版には、北は択捉島の神威岳(かむいだけ)から、南は尖閣諸島の久場島(黄尾嶼;くばじま)まで、268の火山が挙げられている。その内、110が「1万年以内に噴火、または現在も噴気活動がある」と判断されて、「活火山」に認定されている。地球の陸地には約800の活火山があると言われているので、世界中の1割以上の活火山が日本に存在することになる。日本の陸地面積は全世界の陸地の0.25%程度にすぎず、日本が火山国と言われる所以である。
しかし、そのような新しい火山は、日本のどこにでもあるわけではない。図6に日本の第四紀火山の分布図を示すが、北海道および東北地方から関東地方の太平洋に面する地域には、存在していないことが分かる。また、中部地方の山岳地域から南方の伊豆-小笠原諸島にかけて火山が列をなして連なっているが、それより西側の中部地方~近畿地方~中国・四国地方の太平洋側の地域には火山が全く見られない。奈良盆地から西方の瀬戸内海に沿って、二上山や屋島などの火山があるが、全て古い火山である。また、九州は火山島という印象が強いけれども、その東岸の太平洋(フィリピン海)側には、やはり火山が全く存在しない。
上に述べたように、日本の火山分布が非常に特徴的なことから、火山分布域の東側の縁辺部を連ねた曲線が描かれ、火山前線(火山フロント)と呼ばれるようになった。このような前線の存在は、単に地理的分布の特徴と言うだけでなく、日本列島における火山活動のメカニズムと関連しているのである。
火山前線は「活火山などの新しい火山の存在域」を規定しているから、これより西側(大陸側)の地域は、温泉などの熱活動が活発であろう。図7は、日本列島の温泉分布図に火山前線を描き込んだものである。温泉分布は、温泉に関する自然の状態が色濃く残っていた、1960年頃のものである。見られるように、泉温が25℃以上の温泉(●)は、いくつかの例外を除いて、火山前線より大陸側に位置しており、熱源が火山活動に由来することの有力な証拠となっている。逆の見方をすれば、泉温25℃以上という温泉の定義は妥当であったと言える。また、大分県を火山前線が縦断していることは、図6・図7に明らかである。
図6 日本付近の第四紀火山分布.曲線は火山前線
図7 日本の温泉・鉱泉の分布と火山前線の関係.
●:泉温25℃以上(温泉),○:泉温25℃未満(鉱泉),曲線は火山前線
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【地下温度分布 “キュリー点深度” との関係】
日本の温泉が新しい火山(第四紀火山)と不可分の関係にあること、すなわち、火山活動に伴う熱を熱源としていることが、火山と温泉の地理的分布(図7)から推定された。次に、第四紀火山の分布域の地下温度が高いことを、別のデータから示す。別のデータとは、日本列島における「キュリー点深度」である。
磁石を加熱すると磁性が失われることはよく知られている。実際に経験した方もおられるであろう。キュリー点とは、その温度を指し、キュリー温度とも呼ばれる。たとえば、鉄は約770℃、ニッケルは約360℃である。火山岩などの岩石には、鉄やニッケルなどの磁性物質が含まれているため、岩石にも磁性があり、キュリー点は、磁性物質の種類や組成によって異なるが、概ね500℃程度である。
地下の温度は深い所ほど高温であるから、ある深さより下方では岩石の磁性がなくなる。その深さをキュリー点深度という。言い換えると、キュリー点深度とは、地温が約500℃となる深さである。1970年代頃から、飛行機に搭載した磁力計を用いて、その土地の磁力を比較的容易に測定することが可能となり、広い範囲にわたってキュリー点深度を推定することが出来るようになった。
図8は、日本列島におけるキュリー点深度の分布である。図中の数値は、その深さを表し、たとえば、8は「8km深」の意味である。図中の等深線は1km間隔で描いてある。この深さが浅いほど、地下温度の上昇率は大きいので、地下の熱活動も活発と考えられる。
この図で、最も浅い等深線は、長野県と群馬県にまたがる浅間山~榛名山辺り、および富士山付近の6km深である。次いで、7km深と浅いのは、北海道南部の有珠山~羊蹄山とニセコアンヌプリ付近、東北地方日本海側の岩木山と鳥海山付近、伊豆大島、阿蘇山・九重山・鶴見岳-伽藍岳のある中部九州、および、雲仙を中心とした島原半島である。8km深の地域は全国に点在し、九州では霧島および桜島が相当する。図6と比較すれば、これらの高温域は、火山前線に沿っていることが分かる。
以上のようにキュリー点深度から見ても、大分県が位置する中部九州は、日本列島の中で、熱活動が最も活発な地域のひとつと言うことができる。前回までに、大分市は日本の代表的な非火山性の温泉地と述べたが、他の非火山性温泉地と比べて地温勾配が大きい(100m当り5~6.5℃上昇)のは、中部九州火山域における熱活動の影響を受けているとも言えそうである。
なお、図8では、キュリー点深度が8kmより浅い範囲を白抜きにし、それより深い範囲には、深いほど濃くなるように陰を付けてある。おおまかには、白っぽい地域ほど地温が高く、熱活動が活発とみなしてよい。
図8 日本列島におけるキュリー点深度分布[大久保(1984)に基づく].
図中の数字は深さ(km)を表す.
大分県が位置する中部九州は,キュリー点深度が7~8kmと浅く,地温が高いことがうかがわれる.
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6-2.水源-年平均降水量の分布-
本シリーズの第6回目で、「温泉水のほとんどは降水(循環水、天水)である」ことを述べた。したがって、降水量は温泉資源量の重要な要素である。
気候的には温帯モンスーン気候(温帯多雨気候)に属する日本列島では、四季が明瞭で、それぞれの季節の季節風に伴う降水(梅雨・台風の雨・秋の長雨・冬の降雪など)がある。日本全体の年平均降水量として、国土交通省・水資源局では、1971年~2000年の平均値を1720mmとしている。全世界の年平均降水量はおよそ1000mmであるから、日本は世界的にみて、降水量の大きい地域ということができる。
しかし、南北・東西に細長い日本列島では、場所によって降水のあり方も、降水量も異なる。その様子は、日本の年平均降水量分布図(図9)から読み取ることができる。降水量が多い地域は、九州南部・四国南部・紀伊半島南部の太平洋岸、および北陸・東北の日本海沿岸で、前者は夏の季節風(台風など)によるもの、後者は冬の季節風によるもの(雪)である。太平洋に突き出た伊豆半島辺りも多い。それらに比べると、瀬戸内海の西端に位置する大分県の降水量はやや少ないが、それなりの量がある。理科年表(平成25年版)によれば、1644.6mm(1981年から2010年までの平均値)である。
図9 日本の年平均降水量の分布[新井(2007)による].
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6-3.水(流体)の通路-活断層の分布-
温泉資源の観点からみた降水は、その量もさることながら、どの程度の量が地下に浸透し、さらには温泉水となるか、すなわち、温泉水への転換量の大小がより重要である。
降水が浸透しやすい地層は、堆積層では砂礫を主体とした地層、岩石層では断裂の発達した地層である。また、水理学的にみて、降水が浸透する地域は高地部(山地部)である。日本の山地の多くは火成岩や堆積岩からできているので、降水が効率よく浸透するには、それらの山々が破砕されて、断裂が発達していることが重要である。多くの断裂は断層運動(地震活動)によって生じるが、古い断裂はつぶれたり、沈殿物で閉塞されていることが多いので、新しい断裂の方が浸透しやすい。
図10 日本の活断層分布[活断層研究会(1991)に基づく].
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新しい断裂系の存在は新しい断層(活断層)の分布から推し量ることができる。その例を図10に示す。活断層は全国的に分布するが、東北日本には概して少なく、中部地方・北陸地方・近畿地方の分布密度が大きいのが目に付く。また、日本列島全体として太平洋岸側には少ないという中にあって、箱根山~伊豆半島の地域には多い。九州においては、別府辺りから南西方向に向かう地域、すなわち、大分県が属する中部九州地域の密度が高い。この地域に断裂が発達していることは、前回も述べた。
加えて、新しい断裂は、水の通路であるばかりでなく、水を貯める容器の役割も持っている。すなわち、断裂は温泉水を貯留して、温泉地を涵養・維持しているのである。実際、地熱発電に用いられる地熱水は、そのほとんどが断層などの断裂系から採取されている。
6-4.まとめ
温泉の生成に関わる3つの要素のうち、日本における「水源」の降水は、地域による差が大きいが、ほとんどの地域において比較的多量であるから、各地域の温泉資源の差異を評価するに当っては、他の2つの要素より重要度は低い。したがって、ここでは、「熱源」と「水の通路」の観点から評価する。用いる図面は、熱源として図8(キュリー点深度分布)、水の通路・貯留体として図10(活断層分布)である。以下にいくつかの地域を評価してみるが、日本地図を見ながら読んでいただきたい。
1. |
活断層の分布密度が大きい中部地方・北陸地方・近畿地方は、キュリー点深度が概して深く、熱源に乏しいと考えられ、規模の大きい温泉系は期待できそうにない。実際には、下呂温泉や平湯温泉など高温の温泉が存在するが、局所的である。 |
2. |
北海道南部の羊蹄山辺りは、キュリー点深度が比較的浅いが、活断層が乏しく(断裂が未発達)、地下水・温泉水の量は少ないと考えられる。現実に、地熱調査の結果では、地温は高いが、水は少なかったそうである。 |
3. |
富士山を中心とする地域は、キュリー点深度が6kmと浅く、地温は高いと考えられる。しかし、顕著な活断層は検出されておらず(断裂に乏しい)、豊かな温泉水系は期待できない。実際、富士山周辺に有力な温泉は存在しない。 |
4. |
富士山の東部から東南部、箱根山から伊豆半島にかけての地域は、キュリー点深度はやや深いとはいえ、南部には伊豆大島(三原山)の高温域もあって、地温は比較的高いと推定される。他方、活断層分布は高密度、したがって、断裂系に富み、温泉水系が発達する条件が備わっていると思われる。実際、箱根温泉郷・湯河原温泉・熱海温泉など、数多くの温泉が存在する。 |
5. |
大分から九重・阿蘇を経て島原半島に至る中部九州、および、南部の霧島と桜島を中心とする範囲は、キュリー点深度が浅く、地温が高いと考えられる。他方、活断層分布から、水の通路・貯留体である断裂系は、とくに中部九州で高度に発達していることがうかがわれ、大規模な温泉系が期待できる。実際、この地域には、別府・由布院・九重・阿蘇、および、雲仙・小浜などの優勢な温泉が存在する。 |
以上のように、中部九州に位置する大分県は、日本列島において、「熱源」・「水の通路(断裂系)」・「水源(適度な降水量)」という温泉の3つの成立要件が最高レベルに達している地域である。