安定同位体
あんていどういたい
安定同位体
あんていどういたい
元素の化学的および物理的な特性を表す代表的な数値が、原子番号と原子量です。
原子番号は原子核を構成する陽子(プラス電荷をもつ)の数を表しており、これは原子核を取り巻く電子(核外電子:マイナス電荷をもつ)の数でもあります。元素の化学的性質は核外電子の数と配列によって決まるので、元素の化学的性質は原子番号によって象徴されていると言えます。
原子量は元素の質量を表す数値ですが、核外電子の質量は極めて小さいので無視され、1個の原子の質量は原子核を構成する陽子と中性子(電荷0)の質量の和で与えられます。陽子と中性子の質量はほとんど同じなので、両者の数の和が重要な意味をもち、これを質量数と言います。
ここでは、炭素(元素記号C)を例として、質量数と原子量を見てみます。炭素の原子番号は6、すなわち原子核の陽子数は6個ですが、中性子数は6個・7個・8個のものがあります。したがって、質量数は12・13・14の3種類があり、それぞれを12C・13C・14Cと表記します。このように原子番号が同じで、質量数が異なるものを同位体と総称します(別名:同位元素、アイソトープ)。このうち、放射性のものを放射性同位体と言い(炭素では14C:炭素14)、そうでないもの(12Cと13C)を安定同位体と言います。
自然界の炭素原子の存在度〔原子の個数の百分率(%)〕は、12Cが98.93%、13Cが1.07%なので、炭素の原子量は、2つの同位体の加重平均値12.0107として表されます。なお、14Cの量は非常に少ないので、原子量としては無視されるのが普通です。
【水素と酸素の安定同位体】
水は水素と酸素の化合物ですが、それぞれの元素は同位体の集合です。
まず、水素の原子番号は1ですが(原子核の陽子が1個)、中性子がついていないもの(質量数1)、中性子が1個ついているもの(質量数2)、2個ついているもの(質量数3)と、水素には3種の同位体があります。
質量数3のものは「三重水素またはトリチウム(3H またはTと表記)」と呼ばれ、放射性同位体です。
質量数2のものは「重水素またはデューテリウム(2HまたはDと表記)」と呼ばれ、安定同位体です。
質量数1のものが普通の水素(1HまたはHと表記)で、安定同位体です。「軽水素」と呼ばれることもあります。表1に自然界での存在度を示しますが、ほとんどが軽水素です。
表1.水素の安定同位体
種類 |
陽子数 |
中性子数 |
存在度(%) |
1H |
1 |
0 |
99.9885 |
2H(D) |
1 |
1 |
0.0115 |
表2に、酸素(原子番号8)の代表的な安定同位体と存在度を示します。酸素のほとんどは質量数16の軽いもの(16O)で、次いで質量数18の重いもの(18O)です。
したがって、両元素の化合物である水にも軽い水や重い水がありますが、ほとんどの水は「1H」と「16O」の化合物「1H216O」で、このことをはっきりさせたいときには、「軽水」と呼びます。他方、質量数の大きい同位体を含む水は「重水」と呼ばれます。
表2.酸素の安定同位体
種類 |
陽子数 |
中性子数 |
存在度(%) |
16O |
8 |
8 |
99.757 |
17O |
8 |
9 |
0.038 |
18O |
8 |
10 |
0.205 |
天然の水は、「圧倒的に多量な軽水」と「極微量の重水」の混合物ですが、混合の割合から水の起源を推定することができます。具体的には、水素と酸素それぞれの安定同位体組成を測定して判定します。ただし、同位体の化学的性質は同じなので、化学反応を利用した分析法は使えず、質量の違いを利用した質量分析計を用いて分別します。
これによって、温泉水のほとんどは天水(降水)起源であることが明らかになりました。別府温泉の水も天水起源として説明できます。他方、九重硫黄山の水蒸気には、マグマ由来の水(安山岩水)が含まれています。
各元素の安定同位体組成は、自然界の様々な現象や構造の研究に広く用いられています。たとえば、「氷床の氷」・「樹木」・「化石」・「鍾乳石」などの水素・酸素・炭素の安定同位体組成から、過去の気温(ひいては気候)の推定が行われています。
自然科学に関するデータ集「理科年表」には、最新のデータに基づいた安定同位体の詳細なリストが収録されています。
(
由佐悠紀)
中井信之(1978):過去の気候変化を見る,〔川井直人ほか「人類の現われた日 氷河と人類時代の謎を探る」ブルーバックス B-345,講談社;第4章,pp. 269-310.〕
松葉谷治(1991):「熱水の地球化学」,裳華房.
酒井 均・松久幸敬(1996):「安定同位体地球化学」,東京大学出版会.
国立天文台(2012):「理科年表 平成25年」,丸善株式会社.
安定同位体比の測定法
あんていどういたいひのそくていほう
水素を例にとって説明します。水素の安定同位体には質量数1のもの(原子核が陽子1個:軽水素,Hと表示)と質量数2のもの(原子核が陽子1個と中性子1個:重水素,Dと表示)の2種がありますが、圧倒的に多量なHの原子の量(数)に対するDの量(数)の割合を「安定同位体比」または「同位体比」と言います。以下では、簡単のため同位体比を用いることにします。
ある物質中の水素の同位体比を知るには、HとDの量を測定しなければなりません。ところが、原子番号は両者とも1、すなわち化学的な性質は同じなので、化学反応を用いた測定法(化学分析)は適用できません。
たよりになるのは、質量の違いです。ニュートンが確立した運動の第2法則は、たとえば、「物体に生じる速度の変化(加速度)は、かかった力に比例し、物体の質量に反比例する」と表現されます。
したがって、なんらかの方法で各水素原子に同じ力をかけてやれば、HとDに生じる加速度の大きさは異なるので(1:1/2)、両者を分離することができます。これが同位体比測定の原理で、その装置は「質量分析計」と呼ばれます。
実際の分析では水素分子が用いられるので、生じる加速度の比は上のとおりではありません。力をかける方法も含めて、具体的な内容は質量分析計の項で説明します。
(
由佐悠紀)
安定同位体比の表記法
あんていどういたいひのひょうきほう
「安定同位体比」は「同位体比」とも言います。以下では、同位体比を用いることにします。水素では、軽水素をH、重水素をDと表すものとします。酸素では、質量数16の酸素を16O、質量数18の酸素を18Oとします。自然界における、それぞれの元素の同位体比(原子の数の比)をD/Hおよび18O/16Oと表します。両者は、安定同位体の項の表1および表2の存在度から計算できますが、いずれも小さな値です。
さまざまな水の同位体比はそれらとは若干異なり、そうした違いから水の起源などを調べることができます。しかし、その違いはさらに小さいので、同位体比をそのまま比べるより、標準となる水の同位体比との差を比べる方が実用的で有効です。そこで、次のような表記法が考案されました。
(1) |
標準の水試料は「標準平均海水」とし、SMOW(注)と表現する。
(注)SMOW:Standard Mean Ocean Waterのイニシャル。 |
(2) |
SMOWの水素および酸素の同位体比を(D/H)SMOWおよび(18O/16O)SMOWと書く。
(D/H)S・(18O/16O)Sと書くこともある。 |
(3) |
試料Aの同位体比は、(D/H)Aおよび(18O/16O)Aなどと書く。 |
(4) |
測定された試料Aの同位体比は、次のように定義されるδ(デルター)値として表現する。単位は千分率(‰,パーミル)である。 |
水素:δD =〔(D/H)A /(D/H)SMOW -1〕×1000
酸素:δ18O =〔(18O/16O)A /(18O/16O)SMOW -1〕×1000
試料Aの同位体比がSMOWの同位体比と同じなら、δ値は0となります。δ値が+5‰は試料Aの同位体比がSMOWより5/1000大きいことを意味し、-15‰は試料Aの同位体比が15/1000小さいこと意味します。
このようにSMOWとの差で表記すれば、別々の分析者や分析計によって得られた結果を、互に容易に参照し合うことができます。
(
由佐悠紀)