温泉の泉質
おんせんのせんしつ
※この項目では、泉質の意味について記述しています。溶存物質による泉質については
「温泉の泉質いろいろ」をご覧ください。
温泉の特性を万人に分かるような用語で表現できれば、温泉を利用する上で大変便利です。代表的な特性は、温泉法第2条に出てくる、温度(泉温)と物質含有量(溶存物質量・溶存成分量)で、両者とも科学的に測定・分析されます。得られる結果は、温度や溶存物質量などの数値ですが、それらを、泉温なら「高温泉とか低温泉」、物質なら「単純泉とか塩化物泉」のように、概念的用語で表現したものが「泉質」です。以下に、温泉法に関連する泉質の概要を挙げます。
(1) |
泉温による泉質
冷鉱泉<25℃
25℃≦低温泉<34℃
34℃≦温 泉<42℃
42℃≦高温泉
|
|
25℃は温泉法の限界温度、34℃は皮膚温度で誰でもが温かいと感じる限界温度、42℃は熱すぎて入浴には適しない限界温度です。温泉法が制定される以前は、34℃が現実的な限界温度とされていました。 |
(2) |
液性による泉質
酸性泉<pH3
pH3≦弱酸性泉<pH6
pH6≦中性泉<pH7.5
pH7.5≦弱アルカリ性泉<pH8.5
pH8.5≦アルカリ性泉 |
|
この区分は温泉水の触感と関係があるようです。酸性系の温泉にはピリピリするような刺激感がありますし、アルカリ性系の温泉にはツルツルするような柔らかさがあります。中性のものは中庸と言ったところです。 |
(3) |
浸透圧による泉質;〔溶存物質総量(g/kg)〕で区分
低張性泉< 8 g/kg
8 g/kg ≦ 等張性泉 <10 g/kg
10 g/kg ≦ 高張性泉 |
|
等張性泉は、溶存物質総量が人間の体液の物質濃度に近く、溶液としての浸透圧が体液のそれとほぼ等しいものです。人体の組織と生理的になじみやすいと言えるでしょう。医療用の生理的食塩水の濃度は0.9%(9g/kg)です。多くの温泉は、低張性泉です。 |
(4) |
溶存物質量によるもの;療養泉の定義による泉質
○単純温泉
溶存物質総量(ガス性のものを除く)が1g/kg未満で、泉温が25℃以上のもの。
○塩類泉:
溶存物質総量(ガス性のものを除く)が1g/kg以上のものの総称で、基本的には、主要な陰イオンをベースとし、主要な陽イオンと組み合わせて命名されます。
一般的に主要な陰イオンと陽イオンは、次のように、それぞれ3種あります。
陰イオン:塩化物イオン(Cl-)、炭酸水素イオン(HCO3-)、硫酸イオン(SO42-)
陽イオン:ナトリウムイオン(Na+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、カルシウムイオン(Ca2+)。
|
|
カリウムイオン(K+)も比較的多量な物質ですが、泉質名に書かれるほどの量ではありません。この項の執筆者は、これまで、カリウムが付けられた泉質に出会ったことはありません。 |
(5) |
以上4つの泉質をまとめて、泉質名は、たとえば、次のように付けられます。
単純温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)
ナトリウム-塩化物泉(弱アルカリ性高張性温泉)
カルシウム-炭酸水素塩泉(中性低張性低温泉)
マグネシウム-硫酸塩泉(酸性等張性高温泉)
|
「人口に膾炙している泉質は、以上のように、生理や療養の観点に立脚しています。実際には、数種の温泉が混合したり、上記以外の特殊な成分が含まれていたりしますので、数多くのバリエーションがあります。詳しくは別項【療養泉:泉質名の付け方:温泉の泉質いろいろ】に述べられています。
かつての泉質名は、現在のものとは異なっていました。たとえば、ナトリウム-塩化物泉は、食塩水と大変よく似ているので、食塩泉と呼ばれました。現在も、温泉分析書などには「旧泉質名あるいは旧称」として併記されていることがあります。
温泉の分析法、泉質の命名法、泉質名の詳しいリスト、温泉分析書の書き方などは、「鉱泉分析法指針」として公表されていますし、環境省のホームページで見ることもできます。
(
由佐悠紀)
温泉の泉質いろいろ
おんせんのせんしついろいろ
※この項目では、溶存物質による泉質について記述しています。泉質の意味は
「温泉の泉質」をご覧ください。
温泉の泉質は、温泉水に含まれている成分と含有量などによって、単純温泉、二酸化炭素泉、炭酸水素塩泉、塩化物泉、硫酸塩泉、含鉄泉、含よう素泉、硫黄泉、酸性泉、放射能泉の10種類に大別されています。
1 単純温泉
たんじゅんおんせん
温泉水1kg中の溶存物質量(ガス性のものを除く)が、1,000mgに満たなく、湧出時の泉温が25℃以上のものです。この内で、pH8.5以上のものを「アルカリ性単純温泉」と呼んでいます。
肌触りが柔らかく、癖がなく肌への刺激が少ないのが特徴で、アルカリ性単純温泉は、入浴すると肌が「すべすべ」する感触があるのが特徴です。岐阜県・下呂温泉、長野県・鹿教湯温泉など、多くの温泉地にみられる泉質です。
2 二酸化炭素泉
にさんかたんそせん
温泉水1㎏中に遊離炭酸(二酸化炭素)を、1,000mg以上含むものです。入浴すると全身に炭酸の泡が付着して爽快感があるのが特徴です。ただし、泉温が高いものや加温をすると炭酸ガスが揮散する場合があります。
わが国には比較的少ない泉質で、泉温が比較的高いものは大分県の長湯温泉が有名です。泉温の低いものは山形県・肘折温泉郷の黄金(こがね)温泉などに見られます。飲用すると炭酸の爽やかな咽越しが楽しめます。
3 炭酸水素塩泉
たんさんすいそえんせん
温泉水1㎏中の溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg以上あり、陰イオンの主成分が炭酸水素イオン(HCO3-)のものです。
陽イオンの主成分により、ナトリウム-炭酸水素塩泉、カルシウム-炭酸水素塩泉、マグネシウム-炭酸水素塩泉などに分類されます。カルシウム-炭酸水素塩泉からは、石灰質の温泉沈殿物・析出物が生成されることがあります。
ナトリウム-炭酸水素塩泉は、和歌山県・川湯温泉、長野県・小谷温泉などの温泉地にみられます。
4 塩化物泉
えんかぶつせん
温泉水1㎏中に溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg以上あり、陰イオンの主成分が塩素イオン(Cl-)のものです。
日本には比較的多く見られる泉質で、陽イオンの主成分により、ナトリウム-塩化物泉、カルシウム-塩化物泉、マグネシウム-塩化物泉などに分類されます。
塩分が主成分となっているので、飲用すると塩辛く、塩分濃度が濃い場合やマグネシウムが多くなると苦く感じられます。
ナトリウム-塩化物泉は、静岡県・熱海温泉、石川県・片山津温泉など、多くの温泉地にみられます。
5 硫酸塩泉
りゅさんえんせん
温泉水1㎏中に溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg以上あり、陰イオンの主成分が硫酸イオン(SO42-)のものです。陽イオンの主成分により、ナトリウム-硫酸塩泉、カルシウム-硫酸塩泉、マグネシウム-硫酸塩泉などに分類されます。
カルシウム-硫酸塩泉は、群馬県・法師温泉、静岡県・天城湯ヶ島温泉などにみられます。
6 含鉄泉
がんてつせん
温泉水1㎏中に総鉄イオン(鉄Ⅱまたは鉄Ⅲ)を20㎎以上含有するものです。陰イオンによって炭酸水素塩型と硫酸塩型に分類されます。温泉が湧出して空気に触れると、次第に鉄の酸化が進み赤褐色になる特徴があります。含鉄泉は、兵庫県・有馬温泉などでみることができます。
また、鉄の含有量が20㎎に達していない場合は、炭酸水素塩泉や硫酸塩泉等に分類されますが、鉄の酸化によって温泉水の色は含鉄泉と同様に赤褐色になったり、鉄分が少ない場合は茶褐色・緑褐色・黄褐色等になることがあります。
7 含よう素泉
がんようそせん
非火山性の温泉に多く、放置すると黄色く着色する。よう素は、水溶性天然ガス鉱床から産出する地下水に多く含まれており、資源小国である日本にとっては貴重な輸出資源となっている。
8 硫黄泉
いおうせん
温泉水1㎏中に総硫黄2㎎以上含有するものです。単純硫黄型と硫化水素型に大別され、わが国では比較的多い泉質です。タマゴの腐敗臭に似た特有の臭いは、硫化水素によるものです。
この泉質は栃木県・日光湯元温泉、神奈川県・箱根温泉郷の小涌谷温泉などの温泉地にみられます。
9 酸性泉
さんせいせん
温泉水の1kg中に水素イオン(H+)を1mg以上含有しているものです。多くの場合は、遊離の硫酸や塩酸の形で含まれ、強い酸性を示します。ヨーロッパ諸国では殆ど見られない泉質ですが、わが国では各地でみることができます。
世界を代表する強酸性の温泉として、秋田県・玉川温泉が挙げられ、岩手県・須川温泉などの温泉地にも見られます。
10 放射能泉
ほうしゃのうせん
温泉水1㎏中にラドンを30×10-10キュリー以上(8.25マッヘ以上)含有しているものです。放射能というと人体に悪影響を及ぼすと考えがちですが、レントゲン等の放射線量よりずっと少ない量となっています。ごく微量の放射能は、むしろ人体に良い影響を与えることが実証されています。
この泉質は、鳥取県・三朝温泉、山梨県・増富温泉などの温泉地でみることができます。
以上、大まかに温泉(療養泉)の泉質についてまとめましたが、注意しなければならない点は、実際の温泉は様々な成分が複雑に入り混じっているということです。また、療養泉に該当しない温泉については、泉質名は付かずに「温泉法上の温泉」または「温泉法第2条に該当する温泉」として分析書などに記載されています。
また、温泉地に複数の源泉がある場合など、例えば北海道の登別温泉や大分県の別府温泉郷のように、何種類もの泉質の温泉が湧出している温泉地もあり、温泉地として温泉の泉質が特定できない場合もあります。
先に述べたように、温泉は源泉ごとにそれぞれ特徴を持っています。わが国には27,000本余りの源泉がありますが、成分の含有量は1本1本すべて異なるので、厳密に言えばすべて違う泉質と言えるでしょう。
(
宮崎博文)
療養泉:泉質名のつけ方
りょうようせん:せんしつめいのつけかた
※この項目では、具体例に即して、泉質名のつけ方を記述しています。対象としているのは、基本的な泉質である塩類泉です。
別項の温泉分析書-例(以下、分析例)を見てください。この温泉の泉質は、次のように記されています。
これは、どのようにして決められたのでしょうか?
ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・塩化物泉(中性低張性高温泉)
まず、( )の中の泉質は、次の測定値によっています。(→温泉の泉質を参照)
中性:湧出地での測定値、pH=6.7
低張性:成分総計(溶存物質総量)=1.637g(試料1kg中の分量)
高温泉:湧出地での測定値、泉温=57.7℃
成分総計=陽イオン総量(353.6)+陰イオン総量(872.5)+非解離成分総量(234.9)
+溶存ガス成分総量(175.8)=1636.5 (mg) ~1.637 (g)
以下には、「ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・塩化物泉」のつけ方を説明します。
分析例には沢山の項目が並んでいますが、「5.試料1kg中の成分:分量および組成」が溶存物質の分析結果です。「分量」とは、試料(温泉水)1kg中に含まれている量のことで、教科書などでは「濃度」と書かれています。
【濃度について】
ある物質に着目し、それが一定量の溶液に含まれている量(割合)を「濃度」と言います。化学の教科書などでは、多くの場合、一定量として体積が選ばれ、1リットル(L)中の量として表わされていることが多いのですが、温泉の場合は「温泉水1kg中の量」とされています。
分析例の「5.…」の上の表が、泉質を決めるときの基本となるイオンの分析結果です。表は左右に分けられており、左側には陽イオン(+の電荷を持ったイオン)の分析値が、右側は陰イオン(-の電荷を持ったイオン)の分析値が示されています。各イオンの記載の順序は、環境省の「鉱泉分析法指針」で定められています。
電気を帯びているイオンの濃度の表し方には、次の各量を用いた3つの方法があります。
(1) イオンの質量;(2) イオンの個数に関する量;(3) イオンの結合手に関する量
分析例の表では、左欄のミリグラム(mg)が「(1) イオンの質量」で表した濃度で、もっとも親しまれている濃度ではないでしょうか。
「(2) イオンの個数に関する量」は、モル(mol)と言います。簡単には、「イオンの質量」を「そのイオンの式量(原子量または分子量)」で割った値です。たとえば、炭酸水素イオン(HCO3-)は、その式量が61.02ですから、(639.4÷61.02=)10.48ミリモル(mmol:10-3 mol)となります。これにアボガドロ定数(約6.02×1023)を掛けた数値が、イオンの個数です。しかし、分析書に、このミリモル数は記載されません。
「(3) イオンの結合手に関する量」は、「イオンのモル数」に「そのイオン価(化学式の右肩に付いている+または-の荷数)」を掛けた値です。すなわち、「イオンの電気に関する量」と言い換えることができます。たとえば、イオン価が1の炭酸水素イオンは、10.48×1=10.48で、これをミリバル(mval)単位で表して、表の中欄に記載されています。
この濃度が泉質の決定に使われますので、イオンの質量とバルの関係を整理しておきます。
[バル]=[イオンの質量] ÷[イオンの式量] ×[イオン価]
「鉱泉分析法指針」には、「・・第2欄の数値(イオンのmg数)を化学当量で除した商を(mval)として掲げ・・」と書いてありますが、内容は同じです。「鉱泉分析法指針」はインターネットで検索できます。
ところが、このバルという単位は、現在の化学の教科書には出てきません。インターネットで検索しても出てきません。論文などでは、当量(単位:Eqあるいはeq)と書かれるのが一般的です。しかし、温泉分析書では、伝統的にバル単位が採用されてきました。なお、バルは「valence ;valency」に由来しているものと思われます。
【基本的な泉質名の付け方】
温泉水は溶液の一種で、全体としては電気的に中性になっています。したがって、陽イオン全体について合計したミリバル数と陰イオン全体のミリバル数は同じ筈です。分析例では、陽イオンの合計は16.46ミリバル、陰イオンの合計は16.64ミリバルと、両者はほぼ等しい値になっています。若干の違いがあるのは、分析誤差あるいは別のイオンが存在するためでしょう。両者のバル数を比べることによって、分析精度の良し悪しを判断することができますが、ここに掲げた例は、分析が精度良く行われたことを示しています。
ミリバル欄の右に書かれている「ミリバル%」は、陽イオンと陰イオンそれぞれについて、合計ミリバル数に対する各イオンの割合を百分率で示したものです。当然、それぞれの合計は100%です。
分析例の各陽イオンのミリバル%は、大きい順にナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオンとなっています。他方、陰イオンは、炭酸水素イオン、塩化物イオン、硫酸イオンの順になっています。これら以外のイオン量はわずかしかありません。実は、この例に限らず、世界中のほとんどの温泉の成分は、上記の陽イオン4種・陰イオン3種、合計7種のイオンで占められていると言っても過言ではありません。したがって、温泉の主成分と言うとき、通常はこれら7種のイオンを指します。ただし、酸性泉では水素イオンが主要陽イオンとなります。また、アルミニウムイオンや鉄イオンが加わることもあります。
さて、塩類泉は、陰イオンによって、次の3種に大別されています。(→泉質・泉質名)
塩化物泉:塩化物イオンを主成分とするもの
硫酸塩泉:硫酸イオンを主成分とするもの
炭酸水素塩泉:炭酸水素イオンを主成分とするもの
分析例の温泉は、「溶存物質量(ガス成分を除く)」が1.461g/kgですから、塩類泉です。陰イオンについては、炭酸水素イオンのミリバル%が約63%ともっとも大きいのですが、塩化物イオンも約30%含まれており、無視できません。このような場合には、ミリバル%が20以上のイオンをすべて取り上げ、多い順番に「・」で区切って記載することになっています。したがって、陰イオンによる泉質は「炭酸水素塩・塩化物泉」と表わされることになります。
陽イオンについても同様に、ミリバル%が20以上のイオンを多い順に中点「・」で区切って並べ、ハイフン(-)を介して、陰イオンによる泉質の前に付けます。このとき、「イオン」は省略します。分析書で該当する陽イオンは、ナトリウム・マグネシウムです。
以上の手順によって、分析例の溶存物質に基づく泉質は「ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・塩化物泉」と名付けられました。なお、化学記号を用いて「Na・Mg-HCO3・Cl泉」と略記してもよいとされています。
【基本的な塩類泉は何種類ありうるか?】
先に、主要陽イオンはNa・K・Mg・Caと述べました(電荷は省略)。しかし、Kのバル%が20以上になることはありません(執筆者は出合ったことがありません)。したがって、泉質名に関わる陽イオンは、通常、Na・Mg・Caの3つです。陰イオンも3つですから、出現可能な泉質の数は、下の計算のように「225通り」となります。
3つの陰イオンによる泉質の種類は、「順列」によって、次のように合計15通り。
1成分による種類:3P1=3(Cl泉、HCO3泉、SO4泉)
2成分による種類:3P2=6(HCO3・Cl泉、SO4・Cl泉など・・)
3成分による種類:3P3=6(HCO3・SO4・Cl泉、SO4・HCO3・Cl泉など・・)
同様に、3つの陽イオンによる種類は、合計15通り。
したがって、基本的な塩類泉の種類は、15×15=225 通り。
以上のほかに特殊な成分を含むものがありますので、塩類泉の泉質の種類は非常に多くなります。それらについては「温泉の泉質いろいろ」に書かれています。
【最後に】
泉質を決める濃度の単位「バル;val」は一般的ではありませんから、「当量;Eqまたはeq」に改めるのが望ましいと執筆者は思っています。
(
由佐悠紀)