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温泉沈殿物おんせんちんでんぶつ 温泉沈殿物おんせんちんでんぶつ 温泉水にはさまざまな物質が溶け込んでおり、温度や圧力などの条件が変化すると、溶解成分の一部が析出し、固形物となって沈殿します。そのような物質は「温泉沈殿物」または「温泉華」と総称されますが、身近な言葉として「湯の花」・「湯の華」・「ゆばな」が使われてきました。 【石灰華:せっかいか】 炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする沈殿物で、温泉水から二酸化炭素(CO2)が逸散すると、炭酸水素イオン(HCO3-)とカルシウムイオン(Ca2+)の間に下のような反応が起こり、CaCO3が沈殿します。 2HCO3- + Ca2+ → CaCO3↓ + H2O + CO2↑ HCO3-は、酸性泉や弱酸性泉には、ほとんど含まれていないので、石灰華は中性よりアルカリ性側の温泉でしか沈殿しません。また、沈殿するためには、両イオンがそれ相当の濃度でなければなりません。そのような条件を備えた泉質は、かなりの量のCa2+を含む炭酸水素塩泉です。それが多量のCO2を含む炭酸泉なら、上の反応が効率よく起こります。大分県の長湯温泉では、石灰華のテラスを観察することが出来ます。 (沸騰泉でも沈殿) もうひとつの例は、液性(pH)が中性からアルカリ性の沸騰泉です。泉質は塩化物泉ですが、若干のCa2+とHCO3-を含んでいます(ときにはCO32-も)。沸騰して発泡するとCO2が泡の方に逸散しますから、CaCO3が沈殿し、湧出管の内側にスケールとなって付着します。時間が経つと管が閉塞されてしまうので、除去しなければなりません。 (結晶)自然界の炭酸カルシウムのほとんどは、方解石(ほうかいせき:カルサイト)と霰石(あられいし:アラゴナイト)という二つの結晶で占められています。温泉沈殿物には両者ともありますが、カルサイトは稀で、多くのものはアラゴナイトです。見た目には、針状の結晶が凝集したような形態をしています。長湯温泉のものも、別府温泉のものも、由布院温泉のものも、ほとんどがアラゴナイトです。アサリなど二枚貝の貝殻もアラゴナイトです。 【珪華:けいか】 別項目の温泉分析書には、「遊離成分」の欄に「メタケイ酸 H2SiO3」の分析値が掲げられています。珪華とは、メタケイ酸などのケイ酸類が沈殿したもので、「シリカ沈殿物」とも呼ばれます。 岩石の主成分であるシリカは、温度が高いほど水によく溶けますから(溶解度が大きい)、地下の高温熱水には多量のケイ酸が溶解しています。そのような高温水が地表に現れて冷えると、ケイ酸が沈殿して珪華となります。沈殿の原因は温度低下ですから、沸騰泉の湧出管内で析出することはめったになく、湧出後の流路や送湯管内壁あるいは湯池で沈殿します。湯池では、テラス状になっていることもあります。別府の地獄でも観察されます。 (温泉の色)珪華が沈殿する過程で温泉の色が変化するという面白い現象が起こりますが、これについては別項に記します。 【鉄華:てっか】 鉄は地殻に普遍的に存在する物質で、地下水中にかなりの量が含まれていることがあります。そのような水は「カナケがある」と嫌われてきました。温泉水中にも溶存しています。中でも、酸性泉にはかなりの量が含まれていることがあります。 鉄質沈殿物として有名なのは「血の池地獄」の赤色沈殿物です。これは、上のものとは異なりますので、別項で紹介します。 【硫黄華:いおうか】 温泉水中の硫黄が沈殿したものを硫黄華と言います。火山地域の温泉ではよく見られる沈殿物で、温泉水中の硫化水素が酸化され、遊離沈殿して硫黄華となります。そのような硫黄を集めて乾燥させたものが、温泉地の土産品として売られている「湯の花・湯の華」です。 (別の硫黄華) 硫黄華には、上に述べたものとは異なるものがあります。火山ガス中の二酸化硫黄や硫化水素から、硫黄が昇華して生じるものです。地獄地帯の蒸気の噴出口やその周辺に固着している、鮮やかな黄色の物質がそうです。針状の結晶となっていることもあります。それらは古くから採取され(8世紀の「続日本記」に記事があります)、とくに、鉄砲伝来以降は火薬の材料として、また、日常生活では火をおこすための「付け木」として、そのほか諸々の用途のため、大きな需要がありました。硫黄は昭和20年代に至るまで重要な鉱業製品でしたが、現在は、石油の脱硫装置から生産される硫黄に取って代わられています。 【石膏華:せっこうか】 硫酸カルシウム(CaSO4・2H2O)を主成分とする沈殿物です。硫酸酸性の温泉水が地層からカルシウムを溶出した後、水溜りなどで蒸発濃縮して、カルシウムイオンと硫酸イオンが結合して生じたものです。 【北投石:ほくとうせき】世界中で、秋田県の玉川温泉と台湾の北投温泉の2箇所だけで生成されるのが見つかっている、極めて珍しい温泉沈殿物です。沈殿させる温泉の泉質は強酸性で、沈殿物の主成分は重晶石(硫酸バリウム:BaSO4)です。重晶石そのものはそれほど珍しいものではありませんが、この沈殿物が希少物として有名なのは、鉛を含有することに加えて、放射性元素のラジウムをわずかに含み、放射能を持っているからです。国の特別天然記念物に指定されています。→佐々木(2004)を参照。 【食塩:しょくえん】塩分濃度の高い沸騰泉のバルブや熱水を吹き込むタンクには、しばしば白色の物質が付着しています。先に述べたシリカ沈殿物または食塩のいずれか、あるいは両者の混合物です。多くの沸騰泉の泉質は、メタケイ酸を多量に含む「ナトリウム-塩化物泉」なので、漏れ出た温泉水が蒸発固化し、ナトリウムイオンと塩化物イオンが結びついて「NaCl:食塩」となったものです。 (由佐悠紀)
佐々木信行(2004):温泉のつくる石―特別天然記念物「北投石」―,「温泉科学の最前線」(日本温泉科学会: 別府の温泉沈殿物べっぷのおんせんちんでんぶつ 「温泉沈殿物」の項に、さまざまな沈殿物とそれらの成因が紹介されています。極めて特殊な北投石は別にして、別府には、ほとんどの種類の沈殿物が存在します。すなわち、石灰華(炭酸カルシウム)・珪華(シリカ)・鉄華・硫黄華・石膏華・食塩などです。 添付図「別府の温泉沈殿物分布」をご覧ください。代表的な4つ沈殿物(温泉華)の地域的分布が示されています。 【石灰華】境川より南部域では別府駅付近から山側で、北部域では鉄輪一帯で見られます。両地域とも高温域で、沸騰泉または泉温がおおむね60℃以上のエアリフト泉の井戸管内壁に付着します。結晶形は、ほとんどがアラゴナイト(霰石)です。沸騰泉は温泉水の沸騰により、エアリフト泉では送気により、いずれも発泡するので、水中から二酸化炭素が逸散し、析出するものと思われます。井戸管を詰まらせる沈殿物の多くは、この石灰華です。 【珪華】高温域の観海寺地区と鉄輪地区一帯の沸騰泉で、温泉水が流れた地表面や送湯管内に沈積しています。白色を呈し、まれに石灰華や鉄華を含んでいることがあります。地獄めぐりの湯池では、岸辺にテラス状に沈積しているところがあります。 【鉄華】 境川より南部域では、浜脇から別府駅を経て境川に至る低地部の、泉温が60℃未満の源泉で見られます。茶褐色の軟らかい沈殿物で、送湯管内壁に付着します。鉄とアルミニウムを主体とし、相当量のシリカが含まれています。源泉はエアリフト泉なので、送気によって水中の第一鉄イオンが酸化されて沈殿するものと思われます。このとき、アルミニウムとシリカも共沈するのでしょう。 【石膏華】別項「温泉沈殿物」を参照してください。 【その他】 硫黄華は、明礬温泉の噴気地一帯で見ることができます。食塩は、多くの沸騰泉の近辺で見られます。 (由佐悠紀)
吉川恭三・由佐悠紀(1968):別府南部温泉地域における沈殿物の付着状態, |