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別府温泉辞典

あ か さ た な は ま や ら わ

質量分析計

しつりょうぶんせきけい

この項については、安定同位体を参照してください。

 原子番号が同じで質量数が異なる同位体の組成(同位体比)は、化学的な方法では分析できません。その代わり、ニュートンが確立した運動の第2法則「物体に生じる速度の変化(加速度)は、かかった力に比例し、物体の質量に反比例する」に基づいて、分析することができます。そのための装置が質量分析計(マススペクトロメーター)です。
 必要な基本的技術は、各原子(分子)にかかる力(外力)を与える方法です。水素や酸素など軽い元素の場合は、「磁場を横切って電流が流れるとき、電流の向きに直交する力が生じる」という「フレミングの左手の法則」として知られる力(ローレンツ力)を利用するのが有効です。


図1 フレミングの左手の法則


 例として、温泉水の水素の同位体比(軽水素Hに対する重水素Dの比:D/H)を測定する場合を取り上げ、その概要を下の枠内に記します。

水素同位体測定の例

①水試料から、すべての水素同位体を、水分子として取り出す(注1)。それらはH2・HD・D2の3種で、三者の質量の比「H2:HD:D2」は「2:3:4」である。〔現実には、Dの存在比は非常に小さいのでD2は無視でき、H2とHDの2種とみなされる。〕

②水素分子をプラス電気に帯電させる(イオン化:注2)。それぞれを[H2]・[HD]・[D2]と表す。

③帯電した水素分子の集団を、磁場に磁力線を横切るように、入射する。

④帯電した各水素分子は、進行方向に直交する力を受けるので(フレミングの左手の法則)、行路が曲がる。曲がり方は、[H2]・[HD]・[D2]の順に大きい(運動の第2法則)。

⑤行路の終端に捕捉装置(コレクター:注3)を設置しておき、[H2]・[HD]・[D2]を捕捉して、それぞれがもたらす電気量を測定する。測定は、対象試料と標準試料(同位体比が既知)を交互に切り替えて行う。〔電気量は、[H2]が圧倒的に多く、[HD]はほんの少量、[D2]はほとんどゼロである。〕

⑥各試料につき、[H2]・[HD]・[D2]それぞれがもたらした電気量を比較・分析して同位体比(D/H)を求め、標準試料の同位体比で規格化して、下記のδ(デルター)値として表現する。単位は千分率(‰,パーミル)である。

δD =〔(D/H)A /(D/H)SMOW -1〕×1000
ここに、(D/H)Aは対象試料の同位体比、(D/H)SMOWは標準試料(標準平均海水)の同位対比である。


【備考】以上の工程のうち、帯電分子を磁場に入射するところから捕捉するところまでは、真空状態で行う。

注1と注2について:
この方法では、測定対象の同位体(水素・酸素・炭素・硫黄など)を気体にし、かつ、帯電させなければならない。その詳細および測定法の実際については、いろいろな工夫がなされている。研究論文・外部サイト・質量分析計の操作マニュアルなどを参照されたい。

注3:
たとえば、ファラデーカップ(帯電した粒子を捕捉するための金属製のカップ)。電流計を連結しておけば、流入する電気量を測定できる。(外部サイトなど参照)


図2 質量分析計の概念

【追記】
 かつて特殊な分析法とされた質量分析は、今や、多くの分野で普通に行われるようになりました。とくに、地球環境の変遷をはじめとする環境問題の調査研究では、水の水素・酸素同位体比のデータは不可欠です。
 また、水素・酸素同位体比研究により、温泉水のほとんどは降水起源であることが明らかになりました。この結論は、温泉資源が時間的には有限であることを意味しています。これにより、温泉の開発利用に当って、流域における降水の消費のされ方、すなわち水収支評価の重要性が強く認識されることとなりました。

執筆者由佐悠紀)
参考文献
松葉谷治(1991):「熱水の地球化学」,裳華房.
千葉 仁(1996):安定同位体比測定用質量分析計,九州大学中央分析センター センターニュース,13,2-7.
地球水循環研究センター水同位体分析システム運営委員会(2005):名古屋大学地球水循環研究センターにおける水安定同位体組成分析の現状,水文・水資源学会誌,18,531-538.