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別府温泉辞典

あ か さ た な は ま や ら わ

天水の安定同位体比

てんすいのあんていどういたいひ

※別項の安定同位体比の測定法安定同位体比の表記法質量分析計を参照して下さい。

 雨・雪・霰(あられ)・雹(ひょう)として天から降ってくる水を、天水あるいは降水と総称します。それらの水は、川になって流れたり、池や湖に溜まったり、地下に浸透して地下水になったりと、さまざまな道をたどりますが、最終的には海に流れ出します。そして海では、蒸発して、大気(天)に戻ります。もちろん、海に出てくるまでにも蒸発します。このように、天水は循環しているので、循環水とも呼ばれます。

 安定同位体比(以下、同位体比)の測定法・表記法が確立された1950年代に、世界各地で採取された河川水・湖水・雨水・雪など約400個の天水試料について、酸素と水素の同位体比が測定されました。それらをδ値で表すと、δ18Oは海水に近い値(0付近)から-40‰、δDは0付近から-300‰と幅広い範囲の値を示しましたが、両者の間には、次式のような直線関係のあることが知られました。非常に特徴的な直線であり、天水線と呼ばれています。
   δD = 8×δ18O + 10 (天水線の式)
 天水線の勾配8と定数項10は、蒸発・凝結するときの酸素・水素の同位体のふるまいに起因すると考えられています(注)。

(注)天水線の勾配と定数項について
 天水線の勾配と定数項が、それぞれ8および10となる基本的な要因は、「重い同位体は軽い同位体より蒸発しにくく、凝結しやすいこと」、および、「それらの違いの度合は、温度が低いほど顕著で、温度が高いと目立たなくなること」と思われますが、完全な説明は得られていないようです。
 後述の「同位体比の地理的分布にみられる3つの特徴(高度効果・緯度効果・内陸効果)」が出現するのも、上と同じ要因によるものと考えられています。こうした蒸発・凝結を通しての同位体のふるまいの度合は、実験によって数量化され、同位体分別係数と呼ばれています。



図 別府および九重地域における天水の酸素と水素の安定同位体比


 図には、天水線とともに、別府および九重地域の天水の酸素と水素の同位体比の測定結果の一部を示しました。両同位体比の間には明瞭な直線関係が認められ、しかも、各測定値は天水線に沿って分布しています。図中には参考のため、中国雲南省の温泉地・騰冲の水道水のデータ、および、最近得られた姫島の雨水のデータも記してあります。また、モンゴル・ウランバートルの水道水の値として、δ18O=-14.26‰)、δD=-105.9‰が報告されています。これも、天水線の近傍に分布していることを確かめてみて下さい。

 天水線が公表された後、世界各地の天水について、膨大な量の同位体比のデータが収集されました。その結果、定数項の値は地域的・時間的に変動すること、および、同位体比の地理的分布には、次のような3つの特徴のあることが分かりました。
 ①同位体比は標高の高い所ほど小さい(高度効果)。
 ②同位体比は高緯度ほど小さい(緯度効果)。
 ③同位体比は海岸から離れた所ほど小さい(内陸効果)。

 温泉についても、その水の起源の解明を目指して、膨大な量の同位体比が測定・蓄積され、今もなお、分析が行われています。これまでに得られたデータは天水線の近傍に分布するものが多いことから、温泉水のほとんどは天水起源の水と解釈されるようになりました。別府の温泉水も、そのように解釈されていますが、これについては別項「別府温泉の安定同位体」で紹介します。
 一方、たとえば、九重硫黄山の火山ガス中の水蒸気のように、天水線から外れた同位体比も存在します。同種の水は、世界中の沈み込み帯安山岩質の溶岩に伴う火山ガス中から検出されています。図中に描かれている安山岩水は、それらの同位体比の範囲を示しています。

執筆者由佐悠紀)
参考文献
  • 松葉谷治(1991):「熱水の地球化学」,裳華房.
  • 酒井 均・松久幸敬(1996):「安定同位体地球化学」,東京大学出版会.
  • 北岡豪一・由佐悠紀・神山孝吉・大沢信二・M. K. Stewart・日下部実(1993):水素と酸素の安定同位体比からみた別府温泉における地熱流体の移動過程,地下水学会誌,35,287-305.
  • 北岡豪一・由佐悠紀・大沢信二・竹村恵二・福田洋一(1993):九重硫黄山における噴気と湧出温泉水の安定同位体比,大分県温泉調査研究会報告,44,25-38.
  • 大沢信二・由佐悠紀・王 雲飛(1995):中国雲南省騰冲火山区における熱水系の地球化学モデル,温泉科学,45,13-25.
  • 由佐悠紀・田籠功一(2001):モンゴル・バヤンホンゴル州のシャルガルジュート温泉について,温泉科学,51,51-61.
  • 大沢信二・三島壮智・酒井拓哉・橋本尚英(2013):姫島拍子水温泉の地球化学的研究,大分県温泉調査研究会報告,64,4-15.