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温泉科学  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

2013年4月12日更新

第8回
日本での地球科学的温泉研究のあゆみ(6)

〔別府温泉での研究-大正末期から昭和初期(Ⅱ)〕
【潮汐影響の観測研究】
 海岸に近いところにある温泉では、「湧出量は満潮のときに多く、干潮のときに少ない」、また、「泉温は満潮のときに高く、干潮のときに低い」ことが知られていました。このような現象を潮汐影響と言います。この現象を近代科学的に観測した最初期のものとして、1906年頃、本多光太郎と寺田寅彦が熱海温泉で行った観測があります〔研究のあゆみ(3)参照〕。

 別府温泉でも潮汐影響のあることが知られており、京都大学別府地球物理学研究所が1924(大正13)年からの開始した最初の温泉総調査では、潮汐影響の有無が調査項目の一つに挙げられていました〔研究のあゆみ(5)参照〕。
 それから約10年後、1933~1934年に、21ヶ所の温泉を選んで、湧出量や泉温などの連続観測が行われました。個々の温泉での観測期間は2日間、測定間隔は2時間毎ですが、満潮時と干潮時の前後には10~30分間隔で測定されました。
 この一連の観測が、日本における(おそらく世界でも)最初の本格的な潮汐影響の観測だったと思われます。当時のことですから、測定はすべて、温泉の湧出口に座り込んでの手作業です。泉温測定は0.1℃目盛の水銀温度計で、湧出量の測定は、温泉井戸の設備に合うように工夫された、手作りの道具を用いて行われました。下図は、そうして得られた観測結果と潮汐記録を比較した例です。


別府の海岸部温泉の泉温と湧出量の潮汐影響の例.
曲線は上から泉温・湧出量・潮位・気圧,目盛幅は下記.気圧は逆転してある.
左図(海岸からの距離0m):観測期間1933年10月31日~11月2日.
泉温65.5~66℃;湧出量30~40 ℓ/分;潮位1~2m;気圧770~760mmHg.
右図(海岸からの距離240m):観測期間1934年1月29日~31日.
泉温48~50℃;湧出量4~6 ℓ/分:潮位1~2m;気圧772~767mmHg.


 21ヶ所の温泉での観測結果から導かれた、潮汐影響に関する主な結果は次のようなものでした(野満・瀬野・中目,1948)。

1. 湧出量変化は潮汐変化に比例して増減する。その差が最大のものは19.74 ℓ/分で、平均湧出量の94%に達するものもある。
2. 潮汐影響は海岸近くで大きく、遠ざかるにつれて急激に小さくなる。
3. 湧出量変化と潮汐変化の間には位相差がない。(注:時間のずれがない。付図で確かめてください。)
4. 泉温は湧出量に並行して上下し、変化幅が9.3℃におよぶものもある。この変化は、湧出する途中での冷却による二次的なものである。(注:湧出量が多いときは、温泉水の上昇速度が大きいので、冷却が小さい。少量のときは、速度が遅いので、冷却が大きい。)

 以上のうち、3の結果は奇異に感じられるかもしれませんが、後に数理的に説明されました。(注:自噴泉が沢山あったことが、その理由です。)また、この観測によるデータの詳細な解析から、気圧変化との関係(気圧影響)も検出されています。これらについては、後世、後輩たちによって洗練された取扱いがなされました。

別府温泉で潮汐影響の観測研究を行った初期の研究者
 ここに紹介した潮汐影響の観測研究を主導したのは、京大地球物理学教室の海洋学講座を主宰した野満隆治(のみつ たかはる:1884~1946)教授です。野満教授は、海洋学・河川学・地下水学・温泉学など、地球上の水に関する幅広い分野の地球物理学的研究を精力的に推進するとともに、志田教授〔研究のあゆみ(5)参照〕の後を継いで、別府地球物理学研究所における研究の基礎作りに尽力しました。研究に当っては、現象の数理的記述と解析に力を発揮し、温泉・地下水の分野では非定常揚水理論を独自に展開しました。現在、その理論式はタイスの式(Theis equation)として知られています。野満の名前が埋没したのは、公表が遅れたことのほかに、それぞれの発表の場が、一方は日本語圏、他方は英語圏であったことに因っているように思われます。

 野満教授を補佐して現地観測を中心になって実行したのは、瀬野錦蔵(せの きんぞう:1905~1964)副手です(後に教授)。瀬野は、この観測研究を基礎にして別府温泉の研究を発展させ、理学博士の学位を授けられました。この項の執筆者は、大学3年のとき、瀬野先生の温泉学の講義を受講しましたが、その2年後、先生は病を得て亡くなりました。講義に使われたテキストは、ガリ版刷りのものでした。そのテキストが、しばしば引用する教科書「温泉学(湯原・瀬野,1969:地人書館)」の基になっています。

執筆者由佐悠紀)
参考文献
野満隆治・瀬野錦蔵・中目廣安(1938):別府温泉と潮汐 附 気圧効果,地球物理,2巻,1-23.
非定常揚水理論(タイスの式)については、下記の教科書などがあります。
湯原浩三・瀬野錦蔵(1969):「温泉学」,地人書館.
榧根 勇(1980):「水文学」,大明堂.
日本陸水学会(2006):「陸水の事典」,講談社サイエンティフィク.

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