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2013年5月10日更新
第9回
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この週1回定時観測の開始早々、1925(大正14)年9月に記録的な豪雨がありました。月雨量852.8mmと記録されていますが、これは平均的な年降水量の半分を超えるほどで、しかも、そのほとんどは1日・4日・5日の3日間に降ったのです。このときの温泉湧出量の記録は後になって整理され、降雨影響は海岸から遠い温泉で著しく、海岸に近いところでは小さいことが見いだされました。
その様子を「図1」に示しますが、降雨影響とは別に、湧出量は週毎に上下しています。しかも、その変動幅は4ヶ月ほどの周期で増減し、あたかも「うなり」のような様相を呈しています。また、変動の度合いは海岸に近いほど大きく、海岸から離れるほど小さくなっています。このような海岸からの距離との関連性から、これらの変動は、前回の「研究のあゆみ(6)」に記された潮汐影響と思われるのですが、どうしてこのような記録になったのでしょうか?(考えてみてください。解答は末尾にあります。)
さて、海岸から離れた温泉では、9月初めの豪雨によって湧出量が激増しましたが、これは、地下の温泉水層に雨水が流れ込んだからではありません。この激増とその後の比較的緩やかな減衰、および、海岸から離れるほど影響が大きくなることは、下の枠内に書かれたように解釈されました。ただし、その後の研究などに基づいて、若干の修正がなされています。なお、緩やかな減衰は、降雨の効果が残っているという意味で、「雨の余効」といわれます。
降雨の一部は地下に浸透し、浅い地下水の量が増加した。このことは、下方の温泉水層にかかる荷重が増したこと、言い換えれば、温泉水層を上から押す力が大きくなったことを意味する。そのため、地下温泉水の水圧が高まり、湧出量が増加した。他方、浅い地下水の水面は上昇したが、地下水は海岸方向に流動するため、時間の経過とともに水面が低下し(すなわち、荷重が小さくなり)、これにともなって温泉水圧も低下して湧出量が徐々に減少した。したがって、付図に現われている降雨影響は、浅い地下水の水面変化を表しているとも言える。
浅い所にある地下水層に降雨の浸透水が流れ込むと、地下水面は上昇する。しかし、海岸では、地下水層が海につながっているため、地下水面は海水面より高くなれない。すなわち、降雨影響は現われない。巨大な貯水槽である海は、地下水をいくらでも吸い込んで、海に接する地下水面を海水面まで引き下ろすように作用すると理解される。
他方、地下水層には流動に対する抵抗があるので、海岸から離れるほど、海の影響の度合は小さくなり、地表からの浸透水の流入による水面上昇が顕著になる。
蓄積されたデータを整理した結果の一部は「別府旧市内温泉概観(Ⅱ)」として、観測開始から14年後(1938年)に「地球物理」誌に掲載されました。また、月平均の湧出量と降雨量との関係を詳細に解析した結果は、先ず1935(昭和10)年4月に大阪で開催された日本数学物理学会総会で口頭発表され、これに流域水収支の内容を追加した論文「別府温泉涵養源としての雨量」が、1938(昭和13)年3月発行の「地球物理」に掲載されました。現在から見れば、一部に問題点が含まれているとはいえ、わが国で最初の総括的な降雨影響の論文と言えます。得られた結論を簡略化し、また、用語(概念)も現代に合うように換えて、概要を以下に記します。
(1) | 別府旧市内温泉(境川より南側の地域の低地部:別府八湯のうち、浜脇温泉と別府温泉に当る地域)の年間総湧出量(600万立方メートル:日量は約1万6500キロリットル)は流域総雨量の16%に当る。(平均温度は53℃) |
(2) | 上記総湧出量の55%はこの地域における基底的な湧出量で、45%は近年の降水に起因する。 |
(3) | 降雨影響の度合は、降雨のあった当月で最も著しいが、その後3年間ほどは効果が残る(余効がある)。 |
(4) | 雨の余効は、指数関数的に減衰する。 |
「終りに、以上の如く満足すべき良好な結果を得たのは、広く全市に亘り夥しい多数の泉口につき十余年の永い間連続観測を実行し来たった多数所員の辛苦励精の賜であって、僅か一ニ口の井泉につき数日乃至数ヶ月位の短期観測をした位では中々得られるものではあるまい。茲に永年感興の少ない測定作業に厭きず従事された諸君に今更ながら吾々は深甚なる感謝の念を禁ずることが出来ない。」
(1) 月の引力による潮汐
研究のあゆみ(6)の添付図に見られるように、別府湾の潮汐には、1日2回の満潮と干潮がある。これは月の引力によるもので、M2分潮と呼ばれる。周期は12時間25.2分であるから、満潮と干潮の時間差は、その半分の6時間12.6分である。また、M2分潮は1日(平均太陽日:24時間)経つ毎に(25.2×2=)50.4分ずつ遅れる。
(2) 湧出量が週毎に上下する理由
ある日の定時観測のとき満潮だったとすれば、次週の観測時刻は満潮から(50.4×7=)5時間52.8分過ぎていることになり、干潮に近い。したがって、湧出量は前回より減少している。その次の週の観測時刻は満潮に近づいているので、湧出量が増している。これが繰り返されるので、湧出量は週毎に上下する。
(3) 「うなり」のような変化が現われる理由
「満潮と干潮の時間差」と「1週間後における満潮からの経過時間」の間には、(6時間12.6分 - 5時間52.8分)= 19.8分の差があるので、およそ9.4週(2.2月)経ったときの観測時刻は満潮から約3時間過ぎていることになり、潮位は満干の中間になっている。したがって、この頃の週毎の湧出量の差は小さくなっている。以上が繰り返されるので、湧出量の観測値には4ヶ月ほどの周期の「うなり」が現われる。
別府地球物理学研究所(1937):別府旧市内温泉概観(Ⅱ),地球物理,1巻,267-284.
瀬野錦蔵(1938):別府温泉の感潮度分布,地球物理,2巻,24-31.
野満隆治・池田亮二郎・瀬野錦蔵(1938):別府温泉涵養源としての雨量,地球物理,2巻,97-126.
瀬野錦蔵(1938):別府市街温泉の湧出量に及ぼす降雨影響度分布,地球物理,2巻,152-157.