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2014年1月8日更新
第11回
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以上に述べた湧出量と泉温の並行性については、松田(1905)と同様の見解が述べられています。それから10年余が経った1936年に、冷却現象を検証するため、導管中の温度鉛直分布が測定されました(瀬野・西田,1938)。温度測定は、特製の真鍮製容器に装入した留点温度計を導管中に下ろし、測定深度に5分間放置したのち、手繰り挙げて地表で目盛を読むという方法で行われました。
先ず、図2に、湧出口での温度(泉温)と湧出量の関係が示されています。先に記したように、湧出量が大きいとき泉温が高いという、明瞭な関係が認められます。
図2 湧出口における温度(泉温)と湧出量の関係(1936年4月および8月). 両者の間に正の相関関係が認められる. |
次に、図3に、この一連の測定の目的である温度鉛直分布が示されています。見られるように、導管中の温度は明らかに上方ほど低く、温泉水が上昇するにつれて冷却されていることが分かります。また、各深さにおける温度の変動幅は、下方ほど狭くなっていて、ある一定の温度に収束するような傾向がうかがえます。
観測された「温泉水の湧出途中における鉛直温度分布」を量的に理解しようとして、数理モデルが考えられました。その取扱いはエネルギー(熱量)の保存則に立脚しており、次のように表されます。
[温泉水から失われた熱量]=[導管の壁を通して流出した熱量]・・・(基礎式)
上の基礎式に「熱伝達の式」を適用して数式化することによって、現象は詳細に記述されます。しかし、式には多くのパラメーターや定数が含まれることなどのため、厳密に解を求めることは困難です。そこで、本質が損なわれないように式を簡略化し、近似的な取扱いがなされました。図3には、そうして得られた平均的な温度鉛直分布が「数理モデルによる温度」として描かれていますが、現実の温度分布がよく再現されていることが分かります(瀬野,1942;湯原・瀬野,1969)。
また、この研究で導かれた数式に、より大きな湧出量を与えると泉温(湧出口での温度)は高温側にずれ、より小さな湧出量を与えると低温側にずれて、先に述べた「泉温と湧出量の関係」を量的に説明することができます。
この研究で取り扱われた数式は、およそ60年後にモンゴルの温泉の研究に応用されました。その論文(由佐・田篭,2001)には、整理された形の数式が掲載されています。
別府に京都大学地球物理学研究所が実質的に開設された1924年から、学生の臨地演習が行われるようになりました。その参加者の一人が、当時理学部3年生の速水頌一郎教授(1903~1973)でした。以下に、泉温と湧出量に関する先駆的研究のエピソードを、速水先生の「海洋時代(1974)」から抜粋して紹介します。
その年すなわち大正15年の秋、同研究所の開所式が行われることになり、わたくしは数名の学友とともに三ヶ月間別府ですごした。その間に別府温泉について温泉井内の温度分布を測定させられた。そして湧出口附近の泉温はまちまちであるが、孔底温度はほとんど一様であって、いくつかの温度に分けられることを知った。先生(志田順教授:温泉科学 第7回参照)はこの結果を卒業論文にまとめるようにいわれた。わたくしは円柱内を流れる流体の熱拡散をしらべ、当時勃興しつつあったプラントルやカルマンの乱流論に初めて接し興味を覚えた。しかし湧出量の測定がそのとき同時にできなかったので、うまく測定結果をまとめることができなかった。
この問題は後になって野満教授と瀬野錦蔵博士によって発展され、湧出量の多いほど途中の冷却が少ないということで孔底温度・湧出量・湧出口温度の関係式が解かれ、未知の要素は係数として観測値からきめるというやり方で巧みにまとめられ、いまでも使われている。